2013年12月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31        
無料ブログはココログ

2012年2月

2012年2月29日 (水)

ミニバス通勤

うちから、学校までの通勤にはミニバスを使ってます。
ミニバスは20人くらいの乗客が相乗りするバスです。

うちから学校までは2路線乗り継ぎになります。
家を出てから学校の門まで、ドアツードアで1時間くらいでしょうか。
日本で通勤してるのと、時間はあんまり変わりません。

でも、必ず座れるし(そもそも立って乗れないから)、
ラッシュアワーのようにぎゅうぎゅうになることもないので
ただ、ぼーっとずっと座ってれば到着するのでそんなに苦になりません。
まだルート上の建物とか覚えてないので、車窓を見てるだけでも楽しいです。

そんなミニバス通勤の様子をお届けします。

さて、通勤前日の日曜日。

初日にいきなり、初めてのルートを行くのはあまりにも準備不足だろうと思い、
実際にミニバスに乗ってルートの下見をすることにしました。

「ハヤフレット交差点」という場所からミニバスに乗ります。
ミニバスの乗り場地点までは、うちから徒歩10分くらいでしょうか。

ここから「ピアッサ」行きが出てるので、まず、終点のピアッサまで乗ります。
そして、ピアッサで「メデハニアレパウロ(?)」行に乗り換え、
終点のちょっと手前のメデハニアレ学校前で降ります。

ちなみにこのミニバス、
走行ルートは決まってますが、ルート上のどこでも基本的には乗ったり降りたりできます。
交差点や特定の場所は停車できないので、その前後で降りることになります。

そして、ここが重要なところなんですが、
走行ルートや、どこでも乗り降りできるということ、料金等の最新の情報がまとまってどっかにある、
というわけではありません。
公共交通機関なので、決めてる人のところにはあるんでしょうが、
私のような一般市民、特に外国人にはそれを得る術はありません。

どうするかというと、基本的に人から教えてもらいます。

そこで、下見の際に参考にしたのは、
・先輩からもらったミニバス走行ルートマップ
 (最新情報は反映されてません。ルートもよく?たまに?変わります)
・先輩から教えてもらったミニバス乗り降り地点
 (あそこ辺りから、ピアッサ行き出てるはずだよー、という情報)
・同じ学校の配属されていた前任者からの情報
 (ピアッサで乗り換える際は、同じ場所から学校行のバスが出てるよ、という情報)
でした。

これまでにも違うルートでは何度もミニバスに乗ってるので、
乗り降りには慣れてます。新しいルート、というところが心配でした。

いざ、学校へ!

難なく学校へはスムーズに行けました。一度別のルートで行ったことあったしね。
時間も、だいたい1時間くらいかかることを確認。

ただ、よく考えたら帰りがわからない。
学校→ピアッサ まではいいですが、ピアッサからハヤフレット行はどこから乗るんだ?

ピアッサは、アジスアベバの中内の繁華街の一つ。
ミニバスのいろんなルートの起点、あるいは行き先になってます。

日本のバス乗り場のように、一か所に大きなバス停があるわけではなく、
ここの道路のこの辺に停車してるバスは○○行、
こっちの道路に停車してるのは、○○行、
のように、道路と場所で行き先が決まってます。

道路に「○○行」みたいな看板はありません。
あったとしても、私は文字が読めません。

あちこちでミニバスが列をなして停まってるわけですが、
どの道路に行けばいいかわかりません。
最悪、降り場からは全然見えない道路に停まってるかもしれません。

困ってしまいました。

そこで、配属先の学校の近くに住んでる先輩に電話!
たまたま、その先輩がピアッサへ行く用事があるというので、
一緒にピアッサへミニバスで行き、ハヤフレット行の乗り場を教えてもらいました。
多謝!!!

さて、これでルートの下見も万全。
赴任当時の朝を迎えました。

学校へは8時半へ来てくれ、と言われていました。
通勤時間だとミニバスに乗る人がいっぱいいて乗れないかもしれない、
道が混んでて遅れたりするかもしれない、
心配性な私は、6時45分ころに家を出ました。

家を出て、ピアッサ行きの出てるあたりへ到着。
ちょっと不安になったので、近くにいた女性に
「ここ、ピアッサ行きありますよね?」と確認。
「あるわよ。ここで待ってれば大丈夫」的な回答をもらいました。
英語で言ってくれたので意味の取り違えもないはず。一安心。

と思ったら、来たミニバスが「カサンチス行き~」と言ってるではありませんか。
でも、女性はこれに乗るわよ!とジェスチャで促してきます。
不安になりながらも乗ります。

すると、女性は、朝早いからピアッサ直接行くバスは少なく、
カサンチスで乗り換えなきゃいけないのよ、と教えてくれました。
なるほど。

そして、親切にもカサンチスで降りた後、
ピアッサ行きのバスの乗り場まで連れていってくれました。
そのあとは、下見通りに学校まで行くことができました。

なんて親切な人なんでしょう。
確認してみてよかった~。
下見したのに。想定外のことがあるもんです。

そして、今日は通勤3日目。

もう慣れたもんです。朝、カサンチス行が来たって怖くありません。
何食わぬ顔で乗って、カサンチスまでの料金を払いました。

すると、ミニバスの乗務員が、しばらく走ってから
「ピアッサ行き~」と叫んでるではありませんか!

さっき、「カサンチス行き」って言ってたやん!!と思いましたが、
乗る前にちゃんと「ピアッサ行きますか?」と確認するべきなんだね、と学習しました。
ピアッサまでそのまま乗って、差額料金を払って事なきを得ました。

そして、今度は帰り。
ピアッサで、ハヤフレット行を待ったのですが、なかなか来ません。

来たミニバスの乗務員がが違う行き先を叫んでましたが、
「ハヤフレット行く?」と聞くと、行く、という感じのジェスチャをしました。
不安だったので、通過地点の地名を言って、「○○行って、その後、ハヤフレット?」と聞くと、
そうだ、というジェスチャをしました。

よし、たぶん行くんだろうと踏んで乗り込み、ハヤフレットまでの料金を払おうとしたら、
「いやいや、最低料金でいいよ、あんた○○で乗り換えだから」
という感じのことを言われました。

えー、乗り換えなの?乗り換えたら料金割高になるじゃん。。。
と思いましたが、自分がジェスチャを勘違いして乗ったので文句も言えず。

途中でここで乗り換えてねー、と言って降ろされました。
が、乗務員は、その辺にいた人に、
「この人ハヤフレットに行くから、後から来るどのバスに乗ればいいか教えてあげて」
というようなことを言っているようです。

頼まれた人は、ちゃんと、「このバスは違う」「あれだ、あれに乗れ!」
と親切に教えてくれました。

公共交通機関に乗るというのに、
いろんな人の助けを借りなければ、目的地に行くことさえできない。
情報が行き届かないってこういうことなんだな、と実感しました。
その場で、最新の情報を人に聞きながら行動をしなければならない。

学習してっても、人に助けてもらわなきゃいけない場面があるんだなー、とも思いました。
現地語が不自由なく話せれば、もっと助けてもらう回数も減るんでしょうけど。

不便なはずですが、
ハプニングを楽しんだり人の温かさに触れることができたりします。

エチオピア人って世話好きだよー、って先輩が言っていたのを思い出しました。
本当だ。こんな時とってもありがたいです。

前任者の情報で、
「家からピアッサに到着したと、そのバスがメデハニアレ行きに変わるので、
 乗り換えなしで1本のバスで学校まで行けることがある」
というのもあったんですが、このようなバスにはまだ遭遇してません。

ルートが違うんでしょうか。また、楽しく探してみたいと思います

日々の業務記録

日本で会社勤務をしていた時、自分専用のパソコンが与えられてたので、
業務記録は全てパソコンで管理してました。

・パソコンのカレンダーソフト(Outlook)を使って、打ち合わせや外出予定の管理
・今日やるべきToDoリストを朝確認
・ToDoリストの一項目が終わったら、その簡単な結果を書いて、
 終わらなかったら、さらにToDoリストへ追加
・帰る前には、明日何をしなきゃいけないかをさっと確認

というようなことを、全てパソコンで管理してました。
逆に言うと、パソコンを立ち上げないと、今日何をすべきかすらわからない状態でした。
でも、ずっと立ち上げっぱなしだったので、特に困りませんでした。
デスクワークだったし。

が、こっちに来てからは違います。
セキュリティの観点からノートPCを持ち歩いたり、人前で使ったりしたくないです。

でも、赴任してから人と約束したり、この日に打ち合わせやるからね、と言われたりします。
また、PC修理の状況と、そこでの気づきを覚えときたい、と思ったりします。
私は、かなーり忘れっぽいので、忘れないために、何度も何度も予定を思い出して反芻します。
すると、他のことが覚えられなくなったりします。

もうたまらーん、覚えきれん!
何か約束を忘れて、また失態をおかす前に!ということでノートを買うことにしました。

今日、学校で他の先生が持ってたノートを見て、
あれかわいい!と思ったので、同じ種類のノートを買いました。
買うならかわいいノート(笑)
ノートの隣は、一緒に買ったオレンジです。

20120229_1757_2

そして、ノートの使い方ですが、
1ページ目には月ごとのカレンダー。
西暦とエチオピア暦が違うので、併記してます。

20120301_1759

そして、次のページからは1ページごとに1日の記録を書きます。
その日にやろうと思ってること、そして、やった結果。

20120301_1760

しばらくはこれで行こうと思います。
やー、カレンダー書いてて初めて気が付きましたが、明日から3月なんだね(笑)
はやいわー。

次は、ミニバスで通勤するってどんな感じ?というのを書きます。

赴任3日目

今日も引き続き。
・PCの修理を、ちょっとだけしました
・同じG11を教える他の先生の授業を見学しました
・新しい教科書のG10~G12の3学年分全部入手しました
 これでやっと授業の全体像が見えてきました。

今日の一番の反省点。

PC修理をしているはずが、正常に動いてた(かどうかはわかりませんが)ハードディスクを
一つ壊してしまいました!!!

しかも、ITヘッドの目の前で。
あんまり怒ってる感じはしなかったですが、信頼を得なきゃいけない時期に、まずったなぁ、と。
仕方ないですけども。

ITヘッドはどっちかって言うと、もう帰る時間だからいいから早く帰ろうよって感じでした(笑)
いいのか、そんなんで!大事なハードディスクが壊れてもう使えないんだよ!?って思ったんだけども。

でも、HDDをPCにセットして、電源入れたら、なんで煙出ちゃったんだろう・・・。
電源逆刺しかなぁ。HDD不良かなぁ。もっと原因追究したかったです。明日しよう。

また、今日は、同じG11を教える女性の先生の授業を見学できました。
授業の最初に停電になってしまい、PCを使った演習ができないので、どうするのかなぁと思ってたら、
白板にWord文書の保存の手順を書いて、生徒に板書させてました。
おろおろする様子もなく、慣れた感じでした(笑)

そして、この先生とは、いっぱいお話しできました。
1対1だとゆっくりじっくり話ができるのでよいですね。
この高校の卒業生だとか、英語を話す勉強をしたいとか、学校に対する思いとか。

数人で話をしてる時は、話す内容は、一般受けする日本の文化とかの話になっちゃうし、
内容よりも話すタイミングが命になってきちゃいます。
仲良くなるにはいいけど、じっくり話をするのは難しいな、と。

1対1で話すのと、数人でお話しするのと、両方やっていこうっと。

その他にわかったこと。

・G11を教えてる先生の名前が全員わかりました。
 ITヘッドに聞いたらさらっと教えてくれました。
 この二日間、見学をしたいがために、G11のクラスを持ってる先生をどんだけ探したことか。
 正しい人に聞かなきゃだめですね。
 とはいえ、初日に教えてもらっても、名前と顔は一致しませんでした。

・PCの修理はできる人もいる。できない人の受け持っているPCラボに、壊れたPCが多いっぽい。
 修理ができる人に、どうやって勉強したの?と聞くと、
 IBMのマニュアルを読んで、自分でPCの中身を見て勉強した、という人もいた。
 興味のある人は、教えられなくてもできるんだよね。。。
 そして、通常の授業が忙しいのでPC修理をするんだったら別にお金をもらわないとやれない、
 と言ってる人もいました。PCの修理がされないのは、いろんな理由がありそうです。

・授業は、けっこう教科書に沿って実施しているみたい。
 教科書に「Word文書の保存」と言う項目があれば、それをそのまま今日の授業にしてたり。
 演習も載っているので、先生がそれに沿って授業するにはやりやすそうな教科書。

・ITヘッドは、私に、新しい教科書で授業をしてほしいのではなく、
 新しい教科書は次年度に向けた勉強のために渡してくれてるだけらしい。
 他にも同じG11を教えてる先生がいるので、その人たちと同じ授業をした方がいい、とのこと。
 (そうだっけ・・・。一昨日と言ってることが違ってきてる気がするけどな・・・。まあ、いいや。)

・他の先生がどんな授業をしているか、PCラボの管理をどのようにしているか、
 それを真似しようという様子は(人によると思うけど)あまりないかも。
 そもそも、PCラボが5つあるので、そこに行って授業して、授業終わったら帰っちゃう、
 みたいな感じで、交流をしない先生、というのも一部にいるそうです。

明日は、まだ見学してないG11の先生の授業見学と、
PC修理リベンジです。

次は、日々の記録方法について書きます。

2012年2月28日 (火)

お米炊きました

赴任初日(って、二日目ですが)を祝って、
かつ、帰宅したら水も出てたし電気もついてたので、
日本からもってきた大切なお米を炊いてみました。

20120228_1755

鍋で炊いたのと、高地で炊いたのが初めてなので、
水加減とか炊く時間とかよくわからずにやりました。

焦げそうになったら水を加えながら、
芯が残ってないか確認しながら、となりました。

結果、ちょっとべちゃべちゃになってしまいましたが、
おいしいご飯をいただけました。
元気が出ました。

活動二日目

今日は、他の先生の授業の見学と、PC修理に手をつけることを目指しました。

でも、やってみたところ、
IT部門ヘッド、ITの先生たち、生徒のニーズそれぞれがあって、
それを全部聞くことはできないなぁ、取捨選択して行かないと、
収拾つかなくなるな、と感じた日でした。

記録の意味も込めて書きます。
ので、長文かつ、専門用語が最後に出てきます。ご容赦ください。

~今日の流れ~

今日は、自分的には、
1.授業開始(8時42分)前に、PCの状態を1台くらい見てみる。
2.授業開始後は、自分が担当するかもしれないG11の授業をやってる先生の授業を見学させてもらう。
3.IT部門のヘッドが来たら、G11の教科書をもらう。PC修理の段取りを相談する。
ここまでで午前中で終えるつもりでした。
午後は、ヘッドとPC修理の方針の話でもできればなー、と思ってました。

甘かったです。

まず、誰がどこでどんな授業をしてるのか、把握できない。

ITの先生のだれかに聞けば、G11の授業がどこで何時から行われるか知ってるだろう、と思ったら、
話しかけた先生が、英語のあまり通じない先生でした。
結局、Supervisorがあそこにいる、全先生のスケジュール知ってるはずだから聞けば、と教えてくれました。

早速話しかけます。まず自己紹介からですが(笑)
見た目ではえらい人か、いち先生が話しかけていいような人かどうかもわからないので、
知らない人にも、とにかく話しかけるしかないです。
話しかけたら、Supervisorなだけでなく、副Directorでもありました。えらい人(笑)
そして、自分はスケジュールを把握はしているが、
筋としてはIT部門ヘッドに聞くべきだ、と言われました。確かに。

そして、IT部門の部屋へふらふら歩いて行っていると、Directorに会って、
たまたま、Directorに紹介してもらったITの先生がG11を教えてる先生だったので、
そのまま授業を見学させてもらえました。

ラッキー、と思いつつも、
こんな行き当たりばったりでいいのか、とも思いました。

そして、PC修理についても、当初の自分の思惑と違う感じになりました。

PCは、まず自分一人で計画を立てて修理して(もちろん計画自体はITヘッドと相談)、
その後、修理方法を他の先生方にトレーニングできればいいなぁ、と何となく思ってたのですが、
このG11の授業を見学させてくれた先生が、PC修理に並々ならぬ興味を持っており、
「やり方教えて!」と。

そこで、BIOS設定画面の開き方や、読み方、PCの蓋の開け方、中にはいってるパーツを
これは○○、これは○○、問題の切り分け方を簡単に教えたところ、
「すごい!今日はいろんなことを学んだわ!」と。

この先生は、非常に吸収が早く、既にマザーボードとかメモリ、CMOSという言葉も知っていたので、
話が伝わるのが非常に速かったです。

そして、
「ぜひ、これを進めていって、他の先生たちへのトレーニング教材を一緒に作りましょう!」と。

ラッキー。
PC修理のトレーニングの協力者が思いがけないところで登場しました。
これまた、行き当たりばったりですが。

ただ、この後、Kの仕事内容が、ITヘッドの思惑と違う方向に動いて行ったのです。

その先生は、PC修理のトレーニング教材を作るなら、
普通の授業を週に18コマも持ってたら多すぎるわ、きつきつだもの!
とITヘッドに交渉している様子です。(アムハラ語なので、推測)
ということで、1クラス×週3コマにする、という結論になったようです。

これに対して他の先生たちは、みんな、1クラスだけ!?という反応でした。
(アムハラ語なので、これも推測)

どっちが良いのか、この辺のことは、今の私にはわからないです。
6クラスを持つことになれば頑張るし、1クラスでも頑張るつもりです。

でも、辞めた先生は6クラスを持っていて、その先生の担当だった生徒は、
ITの授業がストップしている状態だとのことなので、他の先生の反応も頷けます。

生徒のことを考えたら6クラス持ってあげたい気もしますが、
確かに週18コマ+PC修理トレーニング教材作りはきついです。
相当残業が必要になりそうな予感です。

それと、来週からなんて無理!少なくとも2週間はエチオピアでの授業方法を知るために
他の先生の授業の見学が必要よ!とも。結果、来週ではなく再来週からということになりました。

これについては、私も同意です。授業の準備もしたいですから。

実は、アジスアベバの教育局(もしくは政府?)が出している教科書が今年から変更になったのです。
事前に他の先生から聞いたところでは、MS Office 2003だったのが2007になってるだけ、
だという話だったのですが、今日入手した教科書の内容を見たところ、ぜんっぜん違います。

既に授業を通常通り進めているクラスでは、混乱を避けるために、古い教科書に沿って授業を進めています。
ですが、辞めてしまった先生が受け持っていたクラスは、どうせ授業がストップしてるんだから、
ITヘッドは、これを機に新しい教科書に沿って授業をやってほしい、との要望を持っています。

どんな授業にするか、ITヘッド、私、他の先生のバトルがありそうだなぁ、と思っています。
結論が出るのに少し時間がかかりそうな気がしています。

みんなのKへの要望と、自分の要望を整理すると、こんな感じ
■ITヘッド
 ・辞めた先生が受け持っていた6クラス×週3コマを受け持ってほしい、できるだけ早く授業開始してほしい
 ・いい機会だから、ついでに、新しい教科書に沿って授業してほしい
 ・通常授業に加えて、PC修理をできる人材がいないので、PC修理とトレーニングをしてほしい
  PC修理はどんどん進めましょう。
 ・(Kへの要望というわけではないですが)来季からの授業に備えてWin7×Office2007の環境が必要。
■PC修理に興味のある先生
 ・PC修理のやり方を教えてほしい。勝手に直してしまわないで、一緒にやってほしい。
 ・他のITの先生たちにもトレーニングをしましょう!
 ・授業を実際に始める前に、他のクラスの見学も、2週間くらいはするべき
■他のITの先生
 ・たぶん、辞めた先生が受け持っていた6クラス×週3コマを受け持ってほしい?
 ・一つのPC教室に18~20台のPCがあるが、4,5台壊れていて、かつ、生徒が一クラス50人いるので、
  PCの実習をするには、PCの数が不足してる。壊れているやつを動くようにしたい or してほしい
  (全部のPCが稼働したとしても、あまり状況は改善されない気はしますが)
 ・まだ話をしてない先生がいるので、その先生は違う要望を持っていると思われる。
■IT授業を持っている生徒
 ・たぶん、授業が再開してほしい?
■わたし
 ・PC修理をするなら、PCリストの作成、故障個所の把握、管理をしたい。修理した人も忘れることがあるから。
  が、この必要性が伝わってない気がする。
 ・新しい教科書は古い教科書と整合性が全くないので、途中で切り替えるには試験のことや、
  他のクラスと進行度合いを合わせる必要があるか、次の年度進級時に授業内容がかぶらないようにするとか、
  ちゃんと考える必要があると思う。が、この必要性が伝わるか、いまいち不安。
 ・PC教室によっては、電源コードが椅子の下にごちゃごちゃとしていて、踏んだりひっかけたりして
  コードが抜ける心配がある。机の配置変更した方がいいと思う。
という感じですかね。

また、今日は、知らない間に、ITヘッドじゃない先生とランチの約束をしてしまったみたいで、
それをすっぽかしてしまった形になってしまったこともあり、反省しています。
社交辞令じゃなく、本当に今日ランチするつもりだったんだ、、、と。

ITヘッドに言われたとおりに動いてるだけでは、上手くいかないこともあるんだなぁ、と
と今日気が付きました。当たり前ですね。自分から動いていこうと思いました。

いろんな約束をいろんなところでしてしまっているので、ちゃんと覚えとかなきゃ。
手帳作らないと、絶対何か忘れてしまう。自分の不注意で約束を破るのは避けたい。

メモ代わりに、今日約束したことを書いておきます。
それではまた明日もがんばろうー。

~今日約束したこと(専門用語あり)~

・PC修理のトレーニング教材のベースを用意する&英訳する。
 昨年9月に受講した、技術補完研修の資料がまさにこのトレーニング教材です。
 他にも、先輩が作った資料がたくさんあるので、その中から
 ぴったりのものを使わせてもらおうと思います。

・BIOSパスワードを外すために、CMOSの工場出荷時への戻し方を調べる。
 CMOS電池をちょっと外しただけで初期化できるかと思ったんですが、されませんでした。
 調べました。
 http://www.tekwind.co.jp/specials/entry_5.php
 あれ、電池を外したあと、30秒ではなく1時間ほど放置しないといけないんでしたね。

・再起動を繰り返す(ウィルスに感染してるらしき)PCのリカバリ方法。
 DELL Optiplex 755のリカバリCDがあるんだけど、途中でリカバリが止まってしまう、という問題。
 リカバリ方法がないか、調べてきます、と言いました。
 調べました。↓この辺が参考になりそう。
 http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1466137584
 http://okwave.jp/qa/q5037740.html
 ブートセクタウィルスをまず除去しないとリカバリができないのね。
 ブートセクタを修復するにはフロッピーディスクが必要そうだ。。。学校にあるかしら。

・G11の新旧教科書を読んでくる。
 エチオピアの事情はエチオピアの先生の方がよく知ってるので、
 どんな授業にするべきかは、Kが考えても仕方ない。
 明日、ITヘッドと相談しよう。

・Windows7、Office2007等のソフトを入手できないか、知り合いに聞いてみる。
 PC修理の項目に「最新OS、ソフトのインストール」というのも先生たちの頭の中にあったようです。
 PCもソフトも買う予算は学校にはないそうです。でも、私は海賊版の入手はしたくないです。
 先生たちが入手するのであれば、それは目をつぶらざるを得ないだろうな、と思っています。
 フリーのソフトならいくらでも入手して提供するのですが。
 というわけで、この要望には沿えそうにないです。

・Deep Freezeについて調べる。
 学校の一部のPCには、Kの前任者がインストールしたReturnilというCドライブ保護ソフトが入っています。
 でも、他の教室のPCには何も入っていないようです。その教室担当の先生に聞いたところ、
 Deep Freezeってのがあるよ、と教えてくれたので、調べときます、と言いました。
 調べました。有料ソフトのようですね。
 http://www.networld.co.jp/faronics/deepfreeze.htm

・今日ランチをすっぽかしてしまった先生とのランチを明後日する。

~今日のPCチェック結果(専門用語あり)~

結果として、4台の壊れてるらしきPCをチェックし、
原因が判明したのが3台。だけど治せず。原因が判明していない(電源が入らない)のが1台。

・一つは、原因が簡単に判明。HDDがPCの中になかったためWindowsが起動しなかった。
 HDDがないってどういうこと?!2つHDDの入ってるPCを探してそこからもらうことにして、今日は終了。
・一つは、壊れてはなかったけど、BIOS設定画面でパスワードがかかっていて、解除できず。
 CMOS電池外すだけじゃなくて、何かジャンパスイッチいじるんだっけ。調べてきます、で今日は終了。
・一つは、電源が入らず、電源ユニットのチェックが必要だ、ということで今日は終了。
・一つは、PCを起動すると再起動を繰り返すというウィルスかかった状態。
 正しいと思われるリカバリディスクがなく、再インストールができない、どうしよう、で今日は終了。

2012年2月27日 (月)

赴任初日

今日から正式赴任で、初登校でした。

昨年の9月からずっと訓練続きで、やっと赴任の日を迎えることができました。
訓練を受けた成果が出せるとよいのですが。
昨日の晩は(自分的に)断水騒ぎで、感慨にふける暇もありませんでしたが(笑)

まずは、エチオピアの学校制度と初日に何したか、を書きます。

~学校制度~

赴任先は、メデハニアレ高校という、大学受験準備校のです。
エチオピアの学校制度はどうなってるんでしょうか?

エチオピアのG10までの学校制度。G1は7歳です。
・G1~G8(日本の小学校にあたる。義務教育。G7から理数科は英語での授業が始まります)
・G9~G10(日本の中学校にあたる)

上に上がっていくにつれて、学校数が減っていくらしいです。

G1~G4は前期初等教育と呼ばれ、一番学校数が多い。
G5~G8は後期初等教育と呼ばれ、地方では学校がないので、
遠くになるの学校やめちゃったりとかあるらしいです。
日本で、離島の子供が小学校を卒業すると、船に乗って、
本島の中学校や高校に通うような感じでしょうか。

G11以降は、大きく分けて2コースになります。
・G11~G12(日本の高校にあたる。大学へ行くための準備校)、大学、大学院
・TVET(職業訓練校。ここを卒業すれば付ける職種がある。)

G11~G12は大学準備校と呼ばれ、
ここを卒業した人は、大学、大学院を目指せます。
一般的に、大学を卒業した方が給料の良い職種につけるんだと思います。

ちなみに、中学校以上の先生になるためには、
大学で学校の先生になるための学位コースを選択して、卒業後、
1年間の教授法のコースを修了する必要があるんだそうです。

ただ、学校の先生は給料が良くないんだそうです。
なので、もっと給料の良い仕事に就くために、
他の学士や修士を取りに、大学に通ってる先生もいます。

私の配属されたメデハニアレ高校は、大学準備校なので、
先生たちは、大学を出た人たちです。
そして、少なくない数の先生が、先生業と並行して大学に通っていると思います。
割合はわかりませんが。

つまり、条件のよい仕事が見つかったら、学校をやめてしまいます。
学期の最初には先生の数をそろえていても、
学期途中で先生がいなくなっちゃったりするわけです。

これは、どこの学校にもある問題なんだそうです。


~初日の様子~

うちの学校はマンモス校です。
生徒はGrade 10から12までいます。約3500人いるそうです。
先生は150人くらい、いるそうです。

さて、今日は初日。

朝8時半にDirector(校長先生?)に会う約束をしてましたが、
ちょっと早く着きすぎて8時には学校に到着。

でも、8時ちょっと過ぎにはDirectorが学校に来て、
会ってくれました。

開口一番、「今日は何をする予定か?」と聞かれました。

・・・え、こっちが聞きたいんだけど、、、と思いつつ、
 先生方への挨拶をしたい
 学校施設を案内してほしい
 IT授業の見学をしたい
 カウンターパートに会わせてほしい
という旨を伝えました。

時間を空けておいてくれたのか、快く引き受けてくれました。

まず、先生方への挨拶。
自分的には、職員室的なものがあって、そこへ連れてってもらって、
大勢いる先生の前で「私の名前は~です。どうぞよろしく」という
挨拶をするイメージでした。

が、実際は、
先生だけが使えるカフェというのがあり、そこへ連れていかれました。

カフェには待合室のようなソファとテーブル、カフェ、テレビがあり、
みんな思い思いにテレビを見たりお茶飲んだりしてました。
そして、そのカフェの前の廊下で、来る先生、先生に挨拶することに。

最初はDirectorが紹介してくるんだけど、
そのあとは自分でしゃべれ、じゃないと、誰も君のこと覚えてくれないよ、と。

うーん、そう言われた後はがんばって
「日本から1か月前に来ました。今日からPCの先生やります」と馬鹿の一つ覚えのように
アムハラ語で言ってみましたが、さて、何人の先生が覚えてくれてるでしょうか。。。

ここで感じたのは、女性の先生にほとんど会わなかったこと。
男性が多いんだなー、うまくコミュニケーションできるかな、と一抹の不安。
日本でも男性ばかりの会社だったとはいえ、先生という職種では未知数です。

カフェの前で15分くらい立って行き交う先生に挨拶したでしょうか。。。
その後、カフェに入ってDirectorにコーヒーとパンをごちそうになりました。
カフェの中でも、数人の先生に自己紹介をして、
Amharicの先生にアムハラ語教えてあげるよー、と言われつつ、
今度はITC部門へ行きました。

ITCとは、コンピュータの授業をする先生たちの部門です。
高校では教科別にDepartmentがあり、教室も教科別に別れてます。

ITC部門では、先生が9人いるはずですが、数人の先生にだけ会いました。
授業がある時間帯しか、先生は学校に来ない、とのこと。

午前中は、ひとクラス見学しました。

G10で、PCのデスクトップの壁紙の変更方法を授業していました。
結構、先生の教え方はいいなー、と。
最初に理論を15~20分話して、その後、生徒たちにやらせる。
お題を出して、それができてるかチェックする、と。
理論の説明は、上手くたとえ話を使っていて、わかりやすかったです。

気になったのは、生徒の多さに対するPCの少なさ。
50人の生徒がいるのに、14台しかPCがない。数人で一台を使ってます。

そして、先生が話してる間、生徒たちはゲームやりまくり(笑)
先生の話を聞いてないから演習の時間になると、
もう一度同じことを先生に聞いている。
教室コントロールの難しさを垣間見ました。

授業見学の後、Directorがカウンターパートに会わせてくれる
ということでしたが、なかなかDirectorルームに戻ってこない。

ということで、同じくDirectorを待っている人に自己紹介して(笑)、話をしてみると、
彼は、州の教育局から来てる、5つくらいの学校の先生に対して、
教え方等をサポートしている人でした。
教育局の、学校運営の方針などの話をちょっと聞けました。
JICAボランティアのことも知っており、いつでも相談に乗るよ、と言っていただけました。

その後、まだDirectorが戻ってこないので、校内をふらふらしてたら、
あんた誰、的な態度で話しかけられたので、また自己紹介して(笑)、話をすると、
彼は、校内の生徒へのカウンセリングや、先生に対するアドバイスをする人でした。
カウンセリングはアメリカから入ってきた考えだよ、とひとしきり話をしてくれた後、
「今日が初日なんだったら、DirectorにITC部門の長に紹介してもらうべきだ、
 それからだ。Directorのところへ戻った方がいい」
と言われ、Directorの部屋へ行って、待つことに。

しばらくするとDirectorが戻ってきて、ひとしきり用事を済ませた後、
私の用事を聞いてくれ、カウンターパートは午後に学校に来る、ということを教えてくれました。
そこで、カフェで2時間ほど待つことに。

カフェでも、来る先生(特に女性の先生中心w)に話しかけ、
自己紹介&会話をすることに。数人の先生と友達になれました。
やっぱ、女性と話してると落ち着きます。しかも、同じ年頃。

その後、ITC部門の先生がカフェに来たので、
カウンターパートが来るのを待ってるんだ、と伝えたところ、
じゃあ、一緒にITCの空き教室で待とう、と言われ、
1時間ほど雑談をしながらカウンターパートを待つことに。

ITC部門の教室の数とか、先生の数とか、
1週間に何クラス持ってるのか、とかいろいろ聞けました。

彼は、今期6クラスを持っていて、
1クラスに付、1週間3コマあるので、1週間18コマあるんだそうです。
結構、多い方なんじゃないかな。

1コマは42分(!)です。なんて中途半端な。

そうこうしているうちに、カウンターパート出社(って言うのかな?)。
カウンターパートとは、JICAボランティアのパートナーで、
スキル伝達の相手とされています。

私の場合は、一番の相談相手と思っています。
ITCの部門長だし、先生としては、彼の方がキャリアは上なので。

また、授業を一つ見学したあと、
やっとカウンターパートとちゃんと話ができ、
登下校時間とか、自分に何を求めているか、とか聞けました。

ちょうど、前期(1月末に終わる?)が終わったところで
先生が一人辞めたので、その穴を埋めてほしいとのことでした。
G11の6クラス×3コマ=週18コマ。早ければ来週からでも、と。
まだ他の先生に聞いたりDirectorと相談するとのことで、
本決まりではないですが。

教科書を見れるのは明日です。
今日は図書室が閉まってるとかで教科書をもらえませんでした。
授業ができるかどうかは教科書を見ないとわかりません。

それと、壊れているPCの修理もしてほしいそうです。
修理できる先生がいないんだそうです。
早速、前期に辞めた先生のPCルームの鍵をもらいました。

明日はとりあえず、
PCの状態を見るのと、他の先生の授業の見学と、教科書の入手です!
早速、ドライバーセットをカバンに入れました。

☆☆☆

いまいちまとまりのない文章ですが、今日の一日はこんな感じでした。
計画性のない一日でしたが、いろんな先生に自己紹介できたし(笑)、
必要な情報+アルファを入手できたので、よしとしましょう。

日本の学校の先生初日ってこんな感じなんでしょうか。
学校の先生をやったことないのでよくわかりませんが。

あー、まだまだ書きたいこといっぱいあるけど、今日はここまで。

2012年2月26日 (日)

初めての断水

エチオピアに来てから初めての断水を経験しました。
今日、しかも2回。

朝、30分くらい断水しました。

起きる前から断水してたのかもしれませんが、
朝ごはんの支度をしようかな、としたところ、水が出ない。
大家さんのメイドちゃんも水が出ないと言っている。

そこで、大家さんちの貯水タンクが作動。
たぶん、貯水タンクから蛇口に水が供給され、
ちょっと節約しながら朝ごはんの準備。

30分くらいで貯水タンクの作動音が消えたので、
水道が回復したと思われる。

今日は、明日から赴任なので通勤ルートの下見やら、
明日ドミが別の建物へ引っ越しをするので、
ドミサヨナラ会で集まったりなんだりで、
充実した一日を過ごし、帰宅。

お米(と言っても長粒米)を買ったので、
さあ、初めてご飯炊くぞ!
と思って帰ったところ、水が出ない。

断水。

しかも、今度は長いらしく、貯水タンクは作動せず、
バケツ一杯の水を渡され、
これでご飯やら、その他必要なのに使ってね、とのこと。

こんな状況初めてなので、どのくらい水を節約すればよいかわからず。
とりあえず、お腹空いたのでご飯を作りました。

野菜スープかけパスタです。
水を大量に使う(お米といだり、炊いたりするのに使う)お米は今回はやめました。

20120227_1749

ホームステイ先で、ホストママが超節水で炊事をしていたのを思い出しながら
調理、後片付けをしてみました。

私が引っ越してきたこの辺りはよく断水するらしいです。
大家さんたち、断水に慣れてる感じだったなぁ。
心の備えだけじゃなく、貯水タンクだとかバケツだとか、準備いい。

私は、断水が多いと聞いていたから
水を貯めるための空のペットボトルは持ってきていたものの、
水を貯めていなかった。
水道が復旧したら、水は溜めておこう。
備えあれば憂いなし。

水道があるだけまし。

明日起きたら復旧していることを祈って、寝てしまおう。
全然違う地区の先輩んちは、3日くらい断水だって言ってたなぁ。

あ、今、停電にもなった。
本当に寝てしまおう。。。

2012年2月24日 (金)

新居への引っ越し

新居への引っ越しが無事完了しました。

20120223_1685

リビングに、私の引っ越し荷物を全部置いてみました。
エチオピアに来たときの荷物+後から送ってもらった段ボールですね。
でも、明らかにカバンに入りきってないです。なぜ・・・?(笑)

さて、どんな家なのか?と、引っ越し初日の様子を書きますね。

~どんな家なの?~

一般的に、アジスアベバでは、家は背の高い門と塀で囲まれています。
門と塀で囲まれた敷地内に、メインのおうちと、
サービスクォーターと呼ばれる、
長屋のような小さ目の部屋がいくつもある建物がついてたりします。

この長屋は、家族のうち、子供が住んでたり、物置だったり、
メイドさんが住んでたりします。

子供が住んでる場合は、子供が大きくなって家を巣立ってしまうと、
部屋が空いてしまうので、ここを人に貸したりします。

私が住むのも、このサービスクォーターです。
大家さんがメインのおうちに住んでいて、
一家族(私)にだけサービスクォーターの一部を貸してます。

私の部屋は、6畳弱の部屋が3つ分です。
一つがリビング(上の写真)、
一つが寝室(ベッドと洋服ダンスがある)、
一つが、シャワールーム+洗面台+トイレ、
 とキッチン(他の部屋とはつながってません)です。

エチオピアでは、家具付き、調理器具付で貸すことが多いらしいです。
込み込みの家賃です。

うちには、テレビもソファも、ベッドも冷蔵庫も全部最初からついてます。
嬉しいことに、お湯も出ます。洗濯機だけはないので、手洗いです。
日本から、洗濯板を持ってきました。まーなんとかなるでしょう。

どの程度家具がついているかは、大家さんによるので、テレビは付いてない人もいます。

うちのテレビは無茶苦茶チャンネルがあって、
エチオピアの国営で唯一のテレビ局ETVはもちろん、NHK WorldもBBCも映ります。
アルジャジーラも、韓国語も中国語の番組もあります。
どんだけチャンネルがあるんでしょう。わかりません。

~引っ越し初日の様子~

今日は、JICA事務所での用事が終わった後、
夕方に車で、私の荷物をドミから新居へ移しました。

部屋へ荷物を運び入れた後、お部屋チェックをしました。
安心なことに、特に大きな問題はありませんでした。
 寝室の洋服ダンスの鍵がない、
 キッチンのガスコンロ3つのうち、一つが動かない、
 付けといてくれると言ってた電球がない、
 シャワーのお湯が出ない(出し方がよくわからないだけ?)
等、多少のことはありましたが。
お部屋チェックの時はまだ大家さんが帰ってきてなかったので、後で言うことに。

チェック中、キッチンの入口のドアを閉めてみたところ、
開かなくなってしまって、ちょっと焦りましたが、
大家さんのお手伝いさんに開けてもらい、一安心。

お部屋チェックも落ち着いたので、
初めてのキッチンで、初めての夕食作りをしよう~、と思い、
ガスボンベ、マッチ、食器用洗剤、スポンジ、野菜をちょっと
買ってきました。

さて、スープでも作ろうかなー、野菜炒めにしようかなー、
と考えてたところ、、、、

あ、、、

コンソメ買うの忘れた。スープできない。
塩買うの忘れた。コンソメなしのスープもできない。
油買うの忘れた。野菜炒めできん。
遅くなって暗くなってしまったから、買い物にも行けん。

ということで、非常用に持ってきていた。
インスタントラーメン(エチオピアで購入)を食べることにしました。

と、ここで、大家さんが帰ってきて(というか、大家さんに発見され)、
大家さんの夕食にお招きされました。
おいしいインジェラ+ワットをいただき、お腹も満足。
やっぱり、ラーメンじゃね。

今は、大家さんちで、おやすみなさいを言って部屋に帰り、
テレビを見ながらブログ書いているところです。

新しい生活が始まったんだなー。

まだまだ部屋は快適には片付いてはいませんが、
生活しながら整えていきたいと思います。

2012年2月22日 (水)

家が決まりました

やっと家が決まり、明後日ドミから新居へ引っ越しします!
こちらで家を探す時の流れと、実際どうだったか、を書きます。

~家を探す時のだいたいの流れ~

1ブローカーに連絡をとって、場所・金額等の条件を伝え、
2ブローカーと会って、空いている家に連れて行ってもらい、家と大家さんとご対面。
 この時、初めて、ブローカーが場所や金額の条件を了解しているかがわかる。
3大家さんと家が気に入ったら、JICAの安全チェックを受けて、契約。
 ブローカーを介して家を見つけた場合は、ブローカーへ仲介手数料を払う。

先輩が住んでた家を引き継ぐ場合は、1、2をすっとばして3だけできる。
仲介手数料もいらないです。

~実際どうだったか~

家さがしを始める前に、ブローカーを探すのが大変だなぁ、
と思ってたのですが、予想通りでした。

ブローカーには4人くらい連絡しました。
一人は、全然条件がわかってなくて、アムハラ語しかしゃべらなかったので、2回目の連絡はしませんでした。
一人は、電話していい家あったら連絡ちょうだいね、で、連絡がありませんでした。2回くらい電話したけど。
一人は、待ち合わせ場所に現れませんでした。電話の連絡もつかず、それから連絡してません。
一人は、先輩からの紹介で、待ち合わせ場所に時間通りに来てくれて、いい家を紹介してくれました。

わかったことは、ブローカーは自分の得意なエリアがあって、
そこに条件に合う家がないと、連絡を返してくれなかったり、来なかったりする、と。

私はいいブローカーさんしか会ってない(というか二人しか会ってない)けど、
同期隊員の家さがしに一緒に行ったときは、ちょっとちゃらい感じのブローカーもいました。

先輩隊員によると、商売で不動産仲介業をやってる、というよりは、
情報をたくさん持ってる普通の人、だそうです。
家を紹介してくれたら普通の人であっても仲介手数料を払う、という感じだそうです。

家を探すって、こんな感じなのねー、というのを体験した感じです。
アムハラ語の勉強にもちょっとなりました。
ブローカーに電話するとか、待ち合わせ場所決めるとか、「この家きれいですね!」を連発するとか(笑)

私が家を決めた時の決め手は、
大家さんが気が合いそうな人、ということです。
住んでみないと、実際どうなのかわからないですが、これからわかるでしょう!

なにせ、これがエチオピアでの初めての家探しなので、
全てが上手くいけば儲けもん、上手くいかなくて当たり前!
と自分に言い聞かせています(笑)

新居への引っ越し、楽しみです。

2012年2月19日 (日)

星の王子様

今日、本屋さんに行きました。

したら、「星の王子様」アムハラ語版を発見!!!
即買いです。

20120219_1681

20120219_1682

まだアムハラ語読めないけど、これで勉強しようo(*^▽^*)o