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2012年9月 9日 (日)

食事を用意するには時間がかかる

日本にいる時は、どれだけ早く食事の準備をできるか、
どれだけ簡単においしい食事を食べられるようにするか、
そういうことばっかり考えていました。忙しかったから。

でも、エチオピアに来てから、
そんなに簡単に食べれる状態にまで持って行けるもんじゃないなぁ、と
思うようになりました。

先月、ケニアのサファリに行ったとき、
動物たちは、そこに生えてる草を食べてました。動物の肉をそのまま食べていました。
食べるものさえ見つけて捕まえれば、すぐ空腹を癒せるのです。

その様子を見ながら、私がその草をそのまま食べたらお腹壊すなぁと思ってました。
私がおいしいと思える食事を準備するってことが、そうとう手間のかかることなんだと実感した瞬間でした。

サファリでそんなこと考えてました(笑)

人は、動物も植物も食べますが、それを育てる手間も、食べられるような状態にするのにも時間もかかります。

動物を絞めてから肉にするのは手慣れた人なら1時間ちょいでやってしまうんでしょうが、私にはできません。半日以上かかるでしょう。まる一日かも。いや、どんだけ時間かけてもできないかも(笑)
お米を刈り取ってから食べられるようにするには、干したり、脱穀したり、ゴミを選り分けたりして、水と一緒に茹でて柔らかくしなければいけません。

なんて気の遠くなるようなことが、自分の食事として口に入るまでに行われてるんだろう。
自分では「30分で食事用意できた!」と思っていても、そこまでにはいろんな人の働きがあるんだな、と。

生の植物や肉をそのまま食事として食べられない私は、
他のいろんな人に頼って生きてるんだなぁ、と実感しているこのごろです。

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