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2012年5月13日 (日)

教科書

エチオピアの政府系の学校は、教科書が一種類しかありません。

Grade 11のICTの授業の教科書は政府が定めた一種類のみ。

これがどういうことを意味するかというと、
 生徒や生徒の親が、他のクラスや他の学校と、進み具合や授業で飛ばしてないか比較できる
 大学の教授が、学生が高校で何を習ってきたかを、正確に知ることができる

教科書が一種類しかないってこういうことなんだー、と思いました。
日本だと、いろんな高校があるし、先生によっても教え方が違うので、
高校卒業した人がみんな同じ知識を持っているとは誰も思いません。

この教科書を使った授業のやり方で、いまだに感覚的に理解(納得)できないことがあります。
(これは一人の同僚から聞いた話なので、他の先生が同じことを言うかはわかりません)

基本的には、生徒は学校を卒業したら、パソコンの勉強をしない(できない)そうです。
教科書は、卒業時に学校に返さなくちゃいけない。
パソコンも本もインターネットも高くて手に入らない。つまり、学校で学ぶ事が全て。
だから自分の記憶にしまうのが一番大事なこと。

そして、教科書はえらい人が書いたんだから、全部生徒に教える価値のあるもののはずだ、と。
だから、教科書に書かれていることは飛ばさず授業で教えろ、と。

なるほど。

でも、と思います。

学校を卒業したら、本当にパソコンの勉強はできないんでしょうか?

今の同僚たちを見てると、いろんなことを勉強しようとしています。
パソコンも持っていて、インターネットから無料の学習教材を落としてきて、それを見て勉強したりしてます。
パソコンを持ってなくても、学校にも先生用のパソコンが一台あるので、それで勉強することもできます。
もしかしたら、今の同僚たちはパソコンを勉強する環境、という意味では勝ち組なのかもしれませんが、
勉強するチャンスが全くないわけではなさそうです。

教科書に書いてあることは飛ばさずに教えないといけないんでしょうか?
本当に価値のあることが書いてあるんでしょうか?

パソコンを使えるようにするための教科書のようには思えません。よく言ってマニュアル。
Wordのマニュアルに書かれてあることを頭から最後まで読んで覚えていく、そんな感じの教科書です。
中には、そんな機能に使ってる人なんていないよ、というものもあります。
ちなみに、今使ってる教科書は10年前に作られたものです。
それを教える時間がもったいない、と思ってしまいます。

この同僚にとっては、
「学校の勉強=教科書に書かれている内容を全て覚えること」
「パソコンはここでしか使えないし学べない」
というのは真実なのでしょう。

そんな同僚に向かって、学校卒業したらパソコン使う機会がないんだったら、そもそも勉強しなくていいんじゃない、とは言えませんでした。
どうせ数年経ったら忘れてしまうんだし。(絶対に忘れない、と同僚は主張していましたが)

教科書(マニュアル)に沿って授業を進めるという、私にとっては不思議に見える同僚たち授業の組み立ての理由がわかったように思いました。

私にとって、パソコンは、携帯電話と同じ。使う必要があるから使って覚えていくもの。事前に勉強するものではない。
パソコンの使い方よりも、パソコンを使って何をするかのほうが大事。

でも、そんなことを教えられるのは、パソコンが基本的な道具として普及してからのことかもしれません。

いろんなことを、混ぜて考えてしまってる気がしますが、教科書って、パソコンの授業ってなんだろうな、と思った日でした。

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