2013年12月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31        
無料ブログはココログ

« 2012年1月 | トップページ | 2012年3月 »

2012年2月

2012年2月29日 (水)

ミニバス通勤

うちから、学校までの通勤にはミニバスを使ってます。
ミニバスは20人くらいの乗客が相乗りするバスです。

うちから学校までは2路線乗り継ぎになります。
家を出てから学校の門まで、ドアツードアで1時間くらいでしょうか。
日本で通勤してるのと、時間はあんまり変わりません。

でも、必ず座れるし(そもそも立って乗れないから)、
ラッシュアワーのようにぎゅうぎゅうになることもないので
ただ、ぼーっとずっと座ってれば到着するのでそんなに苦になりません。
まだルート上の建物とか覚えてないので、車窓を見てるだけでも楽しいです。

そんなミニバス通勤の様子をお届けします。

さて、通勤前日の日曜日。

初日にいきなり、初めてのルートを行くのはあまりにも準備不足だろうと思い、
実際にミニバスに乗ってルートの下見をすることにしました。

「ハヤフレット交差点」という場所からミニバスに乗ります。
ミニバスの乗り場地点までは、うちから徒歩10分くらいでしょうか。

ここから「ピアッサ」行きが出てるので、まず、終点のピアッサまで乗ります。
そして、ピアッサで「メデハニアレパウロ(?)」行に乗り換え、
終点のちょっと手前のメデハニアレ学校前で降ります。

ちなみにこのミニバス、
走行ルートは決まってますが、ルート上のどこでも基本的には乗ったり降りたりできます。
交差点や特定の場所は停車できないので、その前後で降りることになります。

そして、ここが重要なところなんですが、
走行ルートや、どこでも乗り降りできるということ、料金等の最新の情報がまとまってどっかにある、
というわけではありません。
公共交通機関なので、決めてる人のところにはあるんでしょうが、
私のような一般市民、特に外国人にはそれを得る術はありません。

どうするかというと、基本的に人から教えてもらいます。

そこで、下見の際に参考にしたのは、
・先輩からもらったミニバス走行ルートマップ
 (最新情報は反映されてません。ルートもよく?たまに?変わります)
・先輩から教えてもらったミニバス乗り降り地点
 (あそこ辺りから、ピアッサ行き出てるはずだよー、という情報)
・同じ学校の配属されていた前任者からの情報
 (ピアッサで乗り換える際は、同じ場所から学校行のバスが出てるよ、という情報)
でした。

これまでにも違うルートでは何度もミニバスに乗ってるので、
乗り降りには慣れてます。新しいルート、というところが心配でした。

いざ、学校へ!

難なく学校へはスムーズに行けました。一度別のルートで行ったことあったしね。
時間も、だいたい1時間くらいかかることを確認。

ただ、よく考えたら帰りがわからない。
学校→ピアッサ まではいいですが、ピアッサからハヤフレット行はどこから乗るんだ?

ピアッサは、アジスアベバの中内の繁華街の一つ。
ミニバスのいろんなルートの起点、あるいは行き先になってます。

日本のバス乗り場のように、一か所に大きなバス停があるわけではなく、
ここの道路のこの辺に停車してるバスは○○行、
こっちの道路に停車してるのは、○○行、
のように、道路と場所で行き先が決まってます。

道路に「○○行」みたいな看板はありません。
あったとしても、私は文字が読めません。

あちこちでミニバスが列をなして停まってるわけですが、
どの道路に行けばいいかわかりません。
最悪、降り場からは全然見えない道路に停まってるかもしれません。

困ってしまいました。

そこで、配属先の学校の近くに住んでる先輩に電話!
たまたま、その先輩がピアッサへ行く用事があるというので、
一緒にピアッサへミニバスで行き、ハヤフレット行の乗り場を教えてもらいました。
多謝!!!

さて、これでルートの下見も万全。
赴任当時の朝を迎えました。

学校へは8時半へ来てくれ、と言われていました。
通勤時間だとミニバスに乗る人がいっぱいいて乗れないかもしれない、
道が混んでて遅れたりするかもしれない、
心配性な私は、6時45分ころに家を出ました。

家を出て、ピアッサ行きの出てるあたりへ到着。
ちょっと不安になったので、近くにいた女性に
「ここ、ピアッサ行きありますよね?」と確認。
「あるわよ。ここで待ってれば大丈夫」的な回答をもらいました。
英語で言ってくれたので意味の取り違えもないはず。一安心。

と思ったら、来たミニバスが「カサンチス行き~」と言ってるではありませんか。
でも、女性はこれに乗るわよ!とジェスチャで促してきます。
不安になりながらも乗ります。

すると、女性は、朝早いからピアッサ直接行くバスは少なく、
カサンチスで乗り換えなきゃいけないのよ、と教えてくれました。
なるほど。

そして、親切にもカサンチスで降りた後、
ピアッサ行きのバスの乗り場まで連れていってくれました。
そのあとは、下見通りに学校まで行くことができました。

なんて親切な人なんでしょう。
確認してみてよかった~。
下見したのに。想定外のことがあるもんです。

そして、今日は通勤3日目。

もう慣れたもんです。朝、カサンチス行が来たって怖くありません。
何食わぬ顔で乗って、カサンチスまでの料金を払いました。

すると、ミニバスの乗務員が、しばらく走ってから
「ピアッサ行き~」と叫んでるではありませんか!

さっき、「カサンチス行き」って言ってたやん!!と思いましたが、
乗る前にちゃんと「ピアッサ行きますか?」と確認するべきなんだね、と学習しました。
ピアッサまでそのまま乗って、差額料金を払って事なきを得ました。

そして、今度は帰り。
ピアッサで、ハヤフレット行を待ったのですが、なかなか来ません。

来たミニバスの乗務員がが違う行き先を叫んでましたが、
「ハヤフレット行く?」と聞くと、行く、という感じのジェスチャをしました。
不安だったので、通過地点の地名を言って、「○○行って、その後、ハヤフレット?」と聞くと、
そうだ、というジェスチャをしました。

よし、たぶん行くんだろうと踏んで乗り込み、ハヤフレットまでの料金を払おうとしたら、
「いやいや、最低料金でいいよ、あんた○○で乗り換えだから」
という感じのことを言われました。

えー、乗り換えなの?乗り換えたら料金割高になるじゃん。。。
と思いましたが、自分がジェスチャを勘違いして乗ったので文句も言えず。

途中でここで乗り換えてねー、と言って降ろされました。
が、乗務員は、その辺にいた人に、
「この人ハヤフレットに行くから、後から来るどのバスに乗ればいいか教えてあげて」
というようなことを言っているようです。

頼まれた人は、ちゃんと、「このバスは違う」「あれだ、あれに乗れ!」
と親切に教えてくれました。

公共交通機関に乗るというのに、
いろんな人の助けを借りなければ、目的地に行くことさえできない。
情報が行き届かないってこういうことなんだな、と実感しました。
その場で、最新の情報を人に聞きながら行動をしなければならない。

学習してっても、人に助けてもらわなきゃいけない場面があるんだなー、とも思いました。
現地語が不自由なく話せれば、もっと助けてもらう回数も減るんでしょうけど。

不便なはずですが、
ハプニングを楽しんだり人の温かさに触れることができたりします。

エチオピア人って世話好きだよー、って先輩が言っていたのを思い出しました。
本当だ。こんな時とってもありがたいです。

前任者の情報で、
「家からピアッサに到着したと、そのバスがメデハニアレ行きに変わるので、
 乗り換えなしで1本のバスで学校まで行けることがある」
というのもあったんですが、このようなバスにはまだ遭遇してません。

ルートが違うんでしょうか。また、楽しく探してみたいと思います

日々の業務記録

日本で会社勤務をしていた時、自分専用のパソコンが与えられてたので、
業務記録は全てパソコンで管理してました。

・パソコンのカレンダーソフト(Outlook)を使って、打ち合わせや外出予定の管理
・今日やるべきToDoリストを朝確認
・ToDoリストの一項目が終わったら、その簡単な結果を書いて、
 終わらなかったら、さらにToDoリストへ追加
・帰る前には、明日何をしなきゃいけないかをさっと確認

というようなことを、全てパソコンで管理してました。
逆に言うと、パソコンを立ち上げないと、今日何をすべきかすらわからない状態でした。
でも、ずっと立ち上げっぱなしだったので、特に困りませんでした。
デスクワークだったし。

が、こっちに来てからは違います。
セキュリティの観点からノートPCを持ち歩いたり、人前で使ったりしたくないです。

でも、赴任してから人と約束したり、この日に打ち合わせやるからね、と言われたりします。
また、PC修理の状況と、そこでの気づきを覚えときたい、と思ったりします。
私は、かなーり忘れっぽいので、忘れないために、何度も何度も予定を思い出して反芻します。
すると、他のことが覚えられなくなったりします。

もうたまらーん、覚えきれん!
何か約束を忘れて、また失態をおかす前に!ということでノートを買うことにしました。

今日、学校で他の先生が持ってたノートを見て、
あれかわいい!と思ったので、同じ種類のノートを買いました。
買うならかわいいノート(笑)
ノートの隣は、一緒に買ったオレンジです。

20120229_1757_2

そして、ノートの使い方ですが、
1ページ目には月ごとのカレンダー。
西暦とエチオピア暦が違うので、併記してます。

20120301_1759

そして、次のページからは1ページごとに1日の記録を書きます。
その日にやろうと思ってること、そして、やった結果。

20120301_1760

しばらくはこれで行こうと思います。
やー、カレンダー書いてて初めて気が付きましたが、明日から3月なんだね(笑)
はやいわー。

次は、ミニバスで通勤するってどんな感じ?というのを書きます。

赴任3日目

今日も引き続き。
・PCの修理を、ちょっとだけしました
・同じG11を教える他の先生の授業を見学しました
・新しい教科書のG10~G12の3学年分全部入手しました
 これでやっと授業の全体像が見えてきました。

今日の一番の反省点。

PC修理をしているはずが、正常に動いてた(かどうかはわかりませんが)ハードディスクを
一つ壊してしまいました!!!

しかも、ITヘッドの目の前で。
あんまり怒ってる感じはしなかったですが、信頼を得なきゃいけない時期に、まずったなぁ、と。
仕方ないですけども。

ITヘッドはどっちかって言うと、もう帰る時間だからいいから早く帰ろうよって感じでした(笑)
いいのか、そんなんで!大事なハードディスクが壊れてもう使えないんだよ!?って思ったんだけども。

でも、HDDをPCにセットして、電源入れたら、なんで煙出ちゃったんだろう・・・。
電源逆刺しかなぁ。HDD不良かなぁ。もっと原因追究したかったです。明日しよう。

また、今日は、同じG11を教える女性の先生の授業を見学できました。
授業の最初に停電になってしまい、PCを使った演習ができないので、どうするのかなぁと思ってたら、
白板にWord文書の保存の手順を書いて、生徒に板書させてました。
おろおろする様子もなく、慣れた感じでした(笑)

そして、この先生とは、いっぱいお話しできました。
1対1だとゆっくりじっくり話ができるのでよいですね。
この高校の卒業生だとか、英語を話す勉強をしたいとか、学校に対する思いとか。

数人で話をしてる時は、話す内容は、一般受けする日本の文化とかの話になっちゃうし、
内容よりも話すタイミングが命になってきちゃいます。
仲良くなるにはいいけど、じっくり話をするのは難しいな、と。

1対1で話すのと、数人でお話しするのと、両方やっていこうっと。

その他にわかったこと。

・G11を教えてる先生の名前が全員わかりました。
 ITヘッドに聞いたらさらっと教えてくれました。
 この二日間、見学をしたいがために、G11のクラスを持ってる先生をどんだけ探したことか。
 正しい人に聞かなきゃだめですね。
 とはいえ、初日に教えてもらっても、名前と顔は一致しませんでした。

・PCの修理はできる人もいる。できない人の受け持っているPCラボに、壊れたPCが多いっぽい。
 修理ができる人に、どうやって勉強したの?と聞くと、
 IBMのマニュアルを読んで、自分でPCの中身を見て勉強した、という人もいた。
 興味のある人は、教えられなくてもできるんだよね。。。
 そして、通常の授業が忙しいのでPC修理をするんだったら別にお金をもらわないとやれない、
 と言ってる人もいました。PCの修理がされないのは、いろんな理由がありそうです。

・授業は、けっこう教科書に沿って実施しているみたい。
 教科書に「Word文書の保存」と言う項目があれば、それをそのまま今日の授業にしてたり。
 演習も載っているので、先生がそれに沿って授業するにはやりやすそうな教科書。

・ITヘッドは、私に、新しい教科書で授業をしてほしいのではなく、
 新しい教科書は次年度に向けた勉強のために渡してくれてるだけらしい。
 他にも同じG11を教えてる先生がいるので、その人たちと同じ授業をした方がいい、とのこと。
 (そうだっけ・・・。一昨日と言ってることが違ってきてる気がするけどな・・・。まあ、いいや。)

・他の先生がどんな授業をしているか、PCラボの管理をどのようにしているか、
 それを真似しようという様子は(人によると思うけど)あまりないかも。
 そもそも、PCラボが5つあるので、そこに行って授業して、授業終わったら帰っちゃう、
 みたいな感じで、交流をしない先生、というのも一部にいるそうです。

明日は、まだ見学してないG11の先生の授業見学と、
PC修理リベンジです。

次は、日々の記録方法について書きます。

2012年2月28日 (火)

お米炊きました

赴任初日(って、二日目ですが)を祝って、
かつ、帰宅したら水も出てたし電気もついてたので、
日本からもってきた大切なお米を炊いてみました。

20120228_1755

鍋で炊いたのと、高地で炊いたのが初めてなので、
水加減とか炊く時間とかよくわからずにやりました。

焦げそうになったら水を加えながら、
芯が残ってないか確認しながら、となりました。

結果、ちょっとべちゃべちゃになってしまいましたが、
おいしいご飯をいただけました。
元気が出ました。

活動二日目

今日は、他の先生の授業の見学と、PC修理に手をつけることを目指しました。

でも、やってみたところ、
IT部門ヘッド、ITの先生たち、生徒のニーズそれぞれがあって、
それを全部聞くことはできないなぁ、取捨選択して行かないと、
収拾つかなくなるな、と感じた日でした。

記録の意味も込めて書きます。
ので、長文かつ、専門用語が最後に出てきます。ご容赦ください。

~今日の流れ~

今日は、自分的には、
1.授業開始(8時42分)前に、PCの状態を1台くらい見てみる。
2.授業開始後は、自分が担当するかもしれないG11の授業をやってる先生の授業を見学させてもらう。
3.IT部門のヘッドが来たら、G11の教科書をもらう。PC修理の段取りを相談する。
ここまでで午前中で終えるつもりでした。
午後は、ヘッドとPC修理の方針の話でもできればなー、と思ってました。

甘かったです。

まず、誰がどこでどんな授業をしてるのか、把握できない。

ITの先生のだれかに聞けば、G11の授業がどこで何時から行われるか知ってるだろう、と思ったら、
話しかけた先生が、英語のあまり通じない先生でした。
結局、Supervisorがあそこにいる、全先生のスケジュール知ってるはずだから聞けば、と教えてくれました。

早速話しかけます。まず自己紹介からですが(笑)
見た目ではえらい人か、いち先生が話しかけていいような人かどうかもわからないので、
知らない人にも、とにかく話しかけるしかないです。
話しかけたら、Supervisorなだけでなく、副Directorでもありました。えらい人(笑)
そして、自分はスケジュールを把握はしているが、
筋としてはIT部門ヘッドに聞くべきだ、と言われました。確かに。

そして、IT部門の部屋へふらふら歩いて行っていると、Directorに会って、
たまたま、Directorに紹介してもらったITの先生がG11を教えてる先生だったので、
そのまま授業を見学させてもらえました。

ラッキー、と思いつつも、
こんな行き当たりばったりでいいのか、とも思いました。

そして、PC修理についても、当初の自分の思惑と違う感じになりました。

PCは、まず自分一人で計画を立てて修理して(もちろん計画自体はITヘッドと相談)、
その後、修理方法を他の先生方にトレーニングできればいいなぁ、と何となく思ってたのですが、
このG11の授業を見学させてくれた先生が、PC修理に並々ならぬ興味を持っており、
「やり方教えて!」と。

そこで、BIOS設定画面の開き方や、読み方、PCの蓋の開け方、中にはいってるパーツを
これは○○、これは○○、問題の切り分け方を簡単に教えたところ、
「すごい!今日はいろんなことを学んだわ!」と。

この先生は、非常に吸収が早く、既にマザーボードとかメモリ、CMOSという言葉も知っていたので、
話が伝わるのが非常に速かったです。

そして、
「ぜひ、これを進めていって、他の先生たちへのトレーニング教材を一緒に作りましょう!」と。

ラッキー。
PC修理のトレーニングの協力者が思いがけないところで登場しました。
これまた、行き当たりばったりですが。

ただ、この後、Kの仕事内容が、ITヘッドの思惑と違う方向に動いて行ったのです。

その先生は、PC修理のトレーニング教材を作るなら、
普通の授業を週に18コマも持ってたら多すぎるわ、きつきつだもの!
とITヘッドに交渉している様子です。(アムハラ語なので、推測)
ということで、1クラス×週3コマにする、という結論になったようです。

これに対して他の先生たちは、みんな、1クラスだけ!?という反応でした。
(アムハラ語なので、これも推測)

どっちが良いのか、この辺のことは、今の私にはわからないです。
6クラスを持つことになれば頑張るし、1クラスでも頑張るつもりです。

でも、辞めた先生は6クラスを持っていて、その先生の担当だった生徒は、
ITの授業がストップしている状態だとのことなので、他の先生の反応も頷けます。

生徒のことを考えたら6クラス持ってあげたい気もしますが、
確かに週18コマ+PC修理トレーニング教材作りはきついです。
相当残業が必要になりそうな予感です。

それと、来週からなんて無理!少なくとも2週間はエチオピアでの授業方法を知るために
他の先生の授業の見学が必要よ!とも。結果、来週ではなく再来週からということになりました。

これについては、私も同意です。授業の準備もしたいですから。

実は、アジスアベバの教育局(もしくは政府?)が出している教科書が今年から変更になったのです。
事前に他の先生から聞いたところでは、MS Office 2003だったのが2007になってるだけ、
だという話だったのですが、今日入手した教科書の内容を見たところ、ぜんっぜん違います。

既に授業を通常通り進めているクラスでは、混乱を避けるために、古い教科書に沿って授業を進めています。
ですが、辞めてしまった先生が受け持っていたクラスは、どうせ授業がストップしてるんだから、
ITヘッドは、これを機に新しい教科書に沿って授業をやってほしい、との要望を持っています。

どんな授業にするか、ITヘッド、私、他の先生のバトルがありそうだなぁ、と思っています。
結論が出るのに少し時間がかかりそうな気がしています。

みんなのKへの要望と、自分の要望を整理すると、こんな感じ
■ITヘッド
 ・辞めた先生が受け持っていた6クラス×週3コマを受け持ってほしい、できるだけ早く授業開始してほしい
 ・いい機会だから、ついでに、新しい教科書に沿って授業してほしい
 ・通常授業に加えて、PC修理をできる人材がいないので、PC修理とトレーニングをしてほしい
  PC修理はどんどん進めましょう。
 ・(Kへの要望というわけではないですが)来季からの授業に備えてWin7×Office2007の環境が必要。
■PC修理に興味のある先生
 ・PC修理のやり方を教えてほしい。勝手に直してしまわないで、一緒にやってほしい。
 ・他のITの先生たちにもトレーニングをしましょう!
 ・授業を実際に始める前に、他のクラスの見学も、2週間くらいはするべき
■他のITの先生
 ・たぶん、辞めた先生が受け持っていた6クラス×週3コマを受け持ってほしい?
 ・一つのPC教室に18~20台のPCがあるが、4,5台壊れていて、かつ、生徒が一クラス50人いるので、
  PCの実習をするには、PCの数が不足してる。壊れているやつを動くようにしたい or してほしい
  (全部のPCが稼働したとしても、あまり状況は改善されない気はしますが)
 ・まだ話をしてない先生がいるので、その先生は違う要望を持っていると思われる。
■IT授業を持っている生徒
 ・たぶん、授業が再開してほしい?
■わたし
 ・PC修理をするなら、PCリストの作成、故障個所の把握、管理をしたい。修理した人も忘れることがあるから。
  が、この必要性が伝わってない気がする。
 ・新しい教科書は古い教科書と整合性が全くないので、途中で切り替えるには試験のことや、
  他のクラスと進行度合いを合わせる必要があるか、次の年度進級時に授業内容がかぶらないようにするとか、
  ちゃんと考える必要があると思う。が、この必要性が伝わるか、いまいち不安。
 ・PC教室によっては、電源コードが椅子の下にごちゃごちゃとしていて、踏んだりひっかけたりして
  コードが抜ける心配がある。机の配置変更した方がいいと思う。
という感じですかね。

また、今日は、知らない間に、ITヘッドじゃない先生とランチの約束をしてしまったみたいで、
それをすっぽかしてしまった形になってしまったこともあり、反省しています。
社交辞令じゃなく、本当に今日ランチするつもりだったんだ、、、と。

ITヘッドに言われたとおりに動いてるだけでは、上手くいかないこともあるんだなぁ、と
と今日気が付きました。当たり前ですね。自分から動いていこうと思いました。

いろんな約束をいろんなところでしてしまっているので、ちゃんと覚えとかなきゃ。
手帳作らないと、絶対何か忘れてしまう。自分の不注意で約束を破るのは避けたい。

メモ代わりに、今日約束したことを書いておきます。
それではまた明日もがんばろうー。

~今日約束したこと(専門用語あり)~

・PC修理のトレーニング教材のベースを用意する&英訳する。
 昨年9月に受講した、技術補完研修の資料がまさにこのトレーニング教材です。
 他にも、先輩が作った資料がたくさんあるので、その中から
 ぴったりのものを使わせてもらおうと思います。

・BIOSパスワードを外すために、CMOSの工場出荷時への戻し方を調べる。
 CMOS電池をちょっと外しただけで初期化できるかと思ったんですが、されませんでした。
 調べました。
 http://www.tekwind.co.jp/specials/entry_5.php
 あれ、電池を外したあと、30秒ではなく1時間ほど放置しないといけないんでしたね。

・再起動を繰り返す(ウィルスに感染してるらしき)PCのリカバリ方法。
 DELL Optiplex 755のリカバリCDがあるんだけど、途中でリカバリが止まってしまう、という問題。
 リカバリ方法がないか、調べてきます、と言いました。
 調べました。↓この辺が参考になりそう。
 http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1466137584
 http://okwave.jp/qa/q5037740.html
 ブートセクタウィルスをまず除去しないとリカバリができないのね。
 ブートセクタを修復するにはフロッピーディスクが必要そうだ。。。学校にあるかしら。

・G11の新旧教科書を読んでくる。
 エチオピアの事情はエチオピアの先生の方がよく知ってるので、
 どんな授業にするべきかは、Kが考えても仕方ない。
 明日、ITヘッドと相談しよう。

・Windows7、Office2007等のソフトを入手できないか、知り合いに聞いてみる。
 PC修理の項目に「最新OS、ソフトのインストール」というのも先生たちの頭の中にあったようです。
 PCもソフトも買う予算は学校にはないそうです。でも、私は海賊版の入手はしたくないです。
 先生たちが入手するのであれば、それは目をつぶらざるを得ないだろうな、と思っています。
 フリーのソフトならいくらでも入手して提供するのですが。
 というわけで、この要望には沿えそうにないです。

・Deep Freezeについて調べる。
 学校の一部のPCには、Kの前任者がインストールしたReturnilというCドライブ保護ソフトが入っています。
 でも、他の教室のPCには何も入っていないようです。その教室担当の先生に聞いたところ、
 Deep Freezeってのがあるよ、と教えてくれたので、調べときます、と言いました。
 調べました。有料ソフトのようですね。
 http://www.networld.co.jp/faronics/deepfreeze.htm

・今日ランチをすっぽかしてしまった先生とのランチを明後日する。

~今日のPCチェック結果(専門用語あり)~

結果として、4台の壊れてるらしきPCをチェックし、
原因が判明したのが3台。だけど治せず。原因が判明していない(電源が入らない)のが1台。

・一つは、原因が簡単に判明。HDDがPCの中になかったためWindowsが起動しなかった。
 HDDがないってどういうこと?!2つHDDの入ってるPCを探してそこからもらうことにして、今日は終了。
・一つは、壊れてはなかったけど、BIOS設定画面でパスワードがかかっていて、解除できず。
 CMOS電池外すだけじゃなくて、何かジャンパスイッチいじるんだっけ。調べてきます、で今日は終了。
・一つは、電源が入らず、電源ユニットのチェックが必要だ、ということで今日は終了。
・一つは、PCを起動すると再起動を繰り返すというウィルスかかった状態。
 正しいと思われるリカバリディスクがなく、再インストールができない、どうしよう、で今日は終了。

2012年2月27日 (月)

赴任初日

今日から正式赴任で、初登校でした。

昨年の9月からずっと訓練続きで、やっと赴任の日を迎えることができました。
訓練を受けた成果が出せるとよいのですが。
昨日の晩は(自分的に)断水騒ぎで、感慨にふける暇もありませんでしたが(笑)

まずは、エチオピアの学校制度と初日に何したか、を書きます。

~学校制度~

赴任先は、メデハニアレ高校という、大学受験準備校のです。
エチオピアの学校制度はどうなってるんでしょうか?

エチオピアのG10までの学校制度。G1は7歳です。
・G1~G8(日本の小学校にあたる。義務教育。G7から理数科は英語での授業が始まります)
・G9~G10(日本の中学校にあたる)

上に上がっていくにつれて、学校数が減っていくらしいです。

G1~G4は前期初等教育と呼ばれ、一番学校数が多い。
G5~G8は後期初等教育と呼ばれ、地方では学校がないので、
遠くになるの学校やめちゃったりとかあるらしいです。
日本で、離島の子供が小学校を卒業すると、船に乗って、
本島の中学校や高校に通うような感じでしょうか。

G11以降は、大きく分けて2コースになります。
・G11~G12(日本の高校にあたる。大学へ行くための準備校)、大学、大学院
・TVET(職業訓練校。ここを卒業すれば付ける職種がある。)

G11~G12は大学準備校と呼ばれ、
ここを卒業した人は、大学、大学院を目指せます。
一般的に、大学を卒業した方が給料の良い職種につけるんだと思います。

ちなみに、中学校以上の先生になるためには、
大学で学校の先生になるための学位コースを選択して、卒業後、
1年間の教授法のコースを修了する必要があるんだそうです。

ただ、学校の先生は給料が良くないんだそうです。
なので、もっと給料の良い仕事に就くために、
他の学士や修士を取りに、大学に通ってる先生もいます。

私の配属されたメデハニアレ高校は、大学準備校なので、
先生たちは、大学を出た人たちです。
そして、少なくない数の先生が、先生業と並行して大学に通っていると思います。
割合はわかりませんが。

つまり、条件のよい仕事が見つかったら、学校をやめてしまいます。
学期の最初には先生の数をそろえていても、
学期途中で先生がいなくなっちゃったりするわけです。

これは、どこの学校にもある問題なんだそうです。


~初日の様子~

うちの学校はマンモス校です。
生徒はGrade 10から12までいます。約3500人いるそうです。
先生は150人くらい、いるそうです。

さて、今日は初日。

朝8時半にDirector(校長先生?)に会う約束をしてましたが、
ちょっと早く着きすぎて8時には学校に到着。

でも、8時ちょっと過ぎにはDirectorが学校に来て、
会ってくれました。

開口一番、「今日は何をする予定か?」と聞かれました。

・・・え、こっちが聞きたいんだけど、、、と思いつつ、
 先生方への挨拶をしたい
 学校施設を案内してほしい
 IT授業の見学をしたい
 カウンターパートに会わせてほしい
という旨を伝えました。

時間を空けておいてくれたのか、快く引き受けてくれました。

まず、先生方への挨拶。
自分的には、職員室的なものがあって、そこへ連れてってもらって、
大勢いる先生の前で「私の名前は~です。どうぞよろしく」という
挨拶をするイメージでした。

が、実際は、
先生だけが使えるカフェというのがあり、そこへ連れていかれました。

カフェには待合室のようなソファとテーブル、カフェ、テレビがあり、
みんな思い思いにテレビを見たりお茶飲んだりしてました。
そして、そのカフェの前の廊下で、来る先生、先生に挨拶することに。

最初はDirectorが紹介してくるんだけど、
そのあとは自分でしゃべれ、じゃないと、誰も君のこと覚えてくれないよ、と。

うーん、そう言われた後はがんばって
「日本から1か月前に来ました。今日からPCの先生やります」と馬鹿の一つ覚えのように
アムハラ語で言ってみましたが、さて、何人の先生が覚えてくれてるでしょうか。。。

ここで感じたのは、女性の先生にほとんど会わなかったこと。
男性が多いんだなー、うまくコミュニケーションできるかな、と一抹の不安。
日本でも男性ばかりの会社だったとはいえ、先生という職種では未知数です。

カフェの前で15分くらい立って行き交う先生に挨拶したでしょうか。。。
その後、カフェに入ってDirectorにコーヒーとパンをごちそうになりました。
カフェの中でも、数人の先生に自己紹介をして、
Amharicの先生にアムハラ語教えてあげるよー、と言われつつ、
今度はITC部門へ行きました。

ITCとは、コンピュータの授業をする先生たちの部門です。
高校では教科別にDepartmentがあり、教室も教科別に別れてます。

ITC部門では、先生が9人いるはずですが、数人の先生にだけ会いました。
授業がある時間帯しか、先生は学校に来ない、とのこと。

午前中は、ひとクラス見学しました。

G10で、PCのデスクトップの壁紙の変更方法を授業していました。
結構、先生の教え方はいいなー、と。
最初に理論を15~20分話して、その後、生徒たちにやらせる。
お題を出して、それができてるかチェックする、と。
理論の説明は、上手くたとえ話を使っていて、わかりやすかったです。

気になったのは、生徒の多さに対するPCの少なさ。
50人の生徒がいるのに、14台しかPCがない。数人で一台を使ってます。

そして、先生が話してる間、生徒たちはゲームやりまくり(笑)
先生の話を聞いてないから演習の時間になると、
もう一度同じことを先生に聞いている。
教室コントロールの難しさを垣間見ました。

授業見学の後、Directorがカウンターパートに会わせてくれる
ということでしたが、なかなかDirectorルームに戻ってこない。

ということで、同じくDirectorを待っている人に自己紹介して(笑)、話をしてみると、
彼は、州の教育局から来てる、5つくらいの学校の先生に対して、
教え方等をサポートしている人でした。
教育局の、学校運営の方針などの話をちょっと聞けました。
JICAボランティアのことも知っており、いつでも相談に乗るよ、と言っていただけました。

その後、まだDirectorが戻ってこないので、校内をふらふらしてたら、
あんた誰、的な態度で話しかけられたので、また自己紹介して(笑)、話をすると、
彼は、校内の生徒へのカウンセリングや、先生に対するアドバイスをする人でした。
カウンセリングはアメリカから入ってきた考えだよ、とひとしきり話をしてくれた後、
「今日が初日なんだったら、DirectorにITC部門の長に紹介してもらうべきだ、
 それからだ。Directorのところへ戻った方がいい」
と言われ、Directorの部屋へ行って、待つことに。

しばらくするとDirectorが戻ってきて、ひとしきり用事を済ませた後、
私の用事を聞いてくれ、カウンターパートは午後に学校に来る、ということを教えてくれました。
そこで、カフェで2時間ほど待つことに。

カフェでも、来る先生(特に女性の先生中心w)に話しかけ、
自己紹介&会話をすることに。数人の先生と友達になれました。
やっぱ、女性と話してると落ち着きます。しかも、同じ年頃。

その後、ITC部門の先生がカフェに来たので、
カウンターパートが来るのを待ってるんだ、と伝えたところ、
じゃあ、一緒にITCの空き教室で待とう、と言われ、
1時間ほど雑談をしながらカウンターパートを待つことに。

ITC部門の教室の数とか、先生の数とか、
1週間に何クラス持ってるのか、とかいろいろ聞けました。

彼は、今期6クラスを持っていて、
1クラスに付、1週間3コマあるので、1週間18コマあるんだそうです。
結構、多い方なんじゃないかな。

1コマは42分(!)です。なんて中途半端な。

そうこうしているうちに、カウンターパート出社(って言うのかな?)。
カウンターパートとは、JICAボランティアのパートナーで、
スキル伝達の相手とされています。

私の場合は、一番の相談相手と思っています。
ITCの部門長だし、先生としては、彼の方がキャリアは上なので。

また、授業を一つ見学したあと、
やっとカウンターパートとちゃんと話ができ、
登下校時間とか、自分に何を求めているか、とか聞けました。

ちょうど、前期(1月末に終わる?)が終わったところで
先生が一人辞めたので、その穴を埋めてほしいとのことでした。
G11の6クラス×3コマ=週18コマ。早ければ来週からでも、と。
まだ他の先生に聞いたりDirectorと相談するとのことで、
本決まりではないですが。

教科書を見れるのは明日です。
今日は図書室が閉まってるとかで教科書をもらえませんでした。
授業ができるかどうかは教科書を見ないとわかりません。

それと、壊れているPCの修理もしてほしいそうです。
修理できる先生がいないんだそうです。
早速、前期に辞めた先生のPCルームの鍵をもらいました。

明日はとりあえず、
PCの状態を見るのと、他の先生の授業の見学と、教科書の入手です!
早速、ドライバーセットをカバンに入れました。

☆☆☆

いまいちまとまりのない文章ですが、今日の一日はこんな感じでした。
計画性のない一日でしたが、いろんな先生に自己紹介できたし(笑)、
必要な情報+アルファを入手できたので、よしとしましょう。

日本の学校の先生初日ってこんな感じなんでしょうか。
学校の先生をやったことないのでよくわかりませんが。

あー、まだまだ書きたいこといっぱいあるけど、今日はここまで。

2012年2月26日 (日)

初めての断水

エチオピアに来てから初めての断水を経験しました。
今日、しかも2回。

朝、30分くらい断水しました。

起きる前から断水してたのかもしれませんが、
朝ごはんの支度をしようかな、としたところ、水が出ない。
大家さんのメイドちゃんも水が出ないと言っている。

そこで、大家さんちの貯水タンクが作動。
たぶん、貯水タンクから蛇口に水が供給され、
ちょっと節約しながら朝ごはんの準備。

30分くらいで貯水タンクの作動音が消えたので、
水道が回復したと思われる。

今日は、明日から赴任なので通勤ルートの下見やら、
明日ドミが別の建物へ引っ越しをするので、
ドミサヨナラ会で集まったりなんだりで、
充実した一日を過ごし、帰宅。

お米(と言っても長粒米)を買ったので、
さあ、初めてご飯炊くぞ!
と思って帰ったところ、水が出ない。

断水。

しかも、今度は長いらしく、貯水タンクは作動せず、
バケツ一杯の水を渡され、
これでご飯やら、その他必要なのに使ってね、とのこと。

こんな状況初めてなので、どのくらい水を節約すればよいかわからず。
とりあえず、お腹空いたのでご飯を作りました。

野菜スープかけパスタです。
水を大量に使う(お米といだり、炊いたりするのに使う)お米は今回はやめました。

20120227_1749

ホームステイ先で、ホストママが超節水で炊事をしていたのを思い出しながら
調理、後片付けをしてみました。

私が引っ越してきたこの辺りはよく断水するらしいです。
大家さんたち、断水に慣れてる感じだったなぁ。
心の備えだけじゃなく、貯水タンクだとかバケツだとか、準備いい。

私は、断水が多いと聞いていたから
水を貯めるための空のペットボトルは持ってきていたものの、
水を貯めていなかった。
水道が復旧したら、水は溜めておこう。
備えあれば憂いなし。

水道があるだけまし。

明日起きたら復旧していることを祈って、寝てしまおう。
全然違う地区の先輩んちは、3日くらい断水だって言ってたなぁ。

あ、今、停電にもなった。
本当に寝てしまおう。。。

2012年2月24日 (金)

新居への引っ越し

新居への引っ越しが無事完了しました。

20120223_1685

リビングに、私の引っ越し荷物を全部置いてみました。
エチオピアに来たときの荷物+後から送ってもらった段ボールですね。
でも、明らかにカバンに入りきってないです。なぜ・・・?(笑)

さて、どんな家なのか?と、引っ越し初日の様子を書きますね。

~どんな家なの?~

一般的に、アジスアベバでは、家は背の高い門と塀で囲まれています。
門と塀で囲まれた敷地内に、メインのおうちと、
サービスクォーターと呼ばれる、
長屋のような小さ目の部屋がいくつもある建物がついてたりします。

この長屋は、家族のうち、子供が住んでたり、物置だったり、
メイドさんが住んでたりします。

子供が住んでる場合は、子供が大きくなって家を巣立ってしまうと、
部屋が空いてしまうので、ここを人に貸したりします。

私が住むのも、このサービスクォーターです。
大家さんがメインのおうちに住んでいて、
一家族(私)にだけサービスクォーターの一部を貸してます。

私の部屋は、6畳弱の部屋が3つ分です。
一つがリビング(上の写真)、
一つが寝室(ベッドと洋服ダンスがある)、
一つが、シャワールーム+洗面台+トイレ、
 とキッチン(他の部屋とはつながってません)です。

エチオピアでは、家具付き、調理器具付で貸すことが多いらしいです。
込み込みの家賃です。

うちには、テレビもソファも、ベッドも冷蔵庫も全部最初からついてます。
嬉しいことに、お湯も出ます。洗濯機だけはないので、手洗いです。
日本から、洗濯板を持ってきました。まーなんとかなるでしょう。

どの程度家具がついているかは、大家さんによるので、テレビは付いてない人もいます。

うちのテレビは無茶苦茶チャンネルがあって、
エチオピアの国営で唯一のテレビ局ETVはもちろん、NHK WorldもBBCも映ります。
アルジャジーラも、韓国語も中国語の番組もあります。
どんだけチャンネルがあるんでしょう。わかりません。

~引っ越し初日の様子~

今日は、JICA事務所での用事が終わった後、
夕方に車で、私の荷物をドミから新居へ移しました。

部屋へ荷物を運び入れた後、お部屋チェックをしました。
安心なことに、特に大きな問題はありませんでした。
 寝室の洋服ダンスの鍵がない、
 キッチンのガスコンロ3つのうち、一つが動かない、
 付けといてくれると言ってた電球がない、
 シャワーのお湯が出ない(出し方がよくわからないだけ?)
等、多少のことはありましたが。
お部屋チェックの時はまだ大家さんが帰ってきてなかったので、後で言うことに。

チェック中、キッチンの入口のドアを閉めてみたところ、
開かなくなってしまって、ちょっと焦りましたが、
大家さんのお手伝いさんに開けてもらい、一安心。

お部屋チェックも落ち着いたので、
初めてのキッチンで、初めての夕食作りをしよう~、と思い、
ガスボンベ、マッチ、食器用洗剤、スポンジ、野菜をちょっと
買ってきました。

さて、スープでも作ろうかなー、野菜炒めにしようかなー、
と考えてたところ、、、、

あ、、、

コンソメ買うの忘れた。スープできない。
塩買うの忘れた。コンソメなしのスープもできない。
油買うの忘れた。野菜炒めできん。
遅くなって暗くなってしまったから、買い物にも行けん。

ということで、非常用に持ってきていた。
インスタントラーメン(エチオピアで購入)を食べることにしました。

と、ここで、大家さんが帰ってきて(というか、大家さんに発見され)、
大家さんの夕食にお招きされました。
おいしいインジェラ+ワットをいただき、お腹も満足。
やっぱり、ラーメンじゃね。

今は、大家さんちで、おやすみなさいを言って部屋に帰り、
テレビを見ながらブログ書いているところです。

新しい生活が始まったんだなー。

まだまだ部屋は快適には片付いてはいませんが、
生活しながら整えていきたいと思います。

2012年2月22日 (水)

家が決まりました

やっと家が決まり、明後日ドミから新居へ引っ越しします!
こちらで家を探す時の流れと、実際どうだったか、を書きます。

~家を探す時のだいたいの流れ~

1ブローカーに連絡をとって、場所・金額等の条件を伝え、
2ブローカーと会って、空いている家に連れて行ってもらい、家と大家さんとご対面。
 この時、初めて、ブローカーが場所や金額の条件を了解しているかがわかる。
3大家さんと家が気に入ったら、JICAの安全チェックを受けて、契約。
 ブローカーを介して家を見つけた場合は、ブローカーへ仲介手数料を払う。

先輩が住んでた家を引き継ぐ場合は、1、2をすっとばして3だけできる。
仲介手数料もいらないです。

~実際どうだったか~

家さがしを始める前に、ブローカーを探すのが大変だなぁ、
と思ってたのですが、予想通りでした。

ブローカーには4人くらい連絡しました。
一人は、全然条件がわかってなくて、アムハラ語しかしゃべらなかったので、2回目の連絡はしませんでした。
一人は、電話していい家あったら連絡ちょうだいね、で、連絡がありませんでした。2回くらい電話したけど。
一人は、待ち合わせ場所に現れませんでした。電話の連絡もつかず、それから連絡してません。
一人は、先輩からの紹介で、待ち合わせ場所に時間通りに来てくれて、いい家を紹介してくれました。

わかったことは、ブローカーは自分の得意なエリアがあって、
そこに条件に合う家がないと、連絡を返してくれなかったり、来なかったりする、と。

私はいいブローカーさんしか会ってない(というか二人しか会ってない)けど、
同期隊員の家さがしに一緒に行ったときは、ちょっとちゃらい感じのブローカーもいました。

先輩隊員によると、商売で不動産仲介業をやってる、というよりは、
情報をたくさん持ってる普通の人、だそうです。
家を紹介してくれたら普通の人であっても仲介手数料を払う、という感じだそうです。

家を探すって、こんな感じなのねー、というのを体験した感じです。
アムハラ語の勉強にもちょっとなりました。
ブローカーに電話するとか、待ち合わせ場所決めるとか、「この家きれいですね!」を連発するとか(笑)

私が家を決めた時の決め手は、
大家さんが気が合いそうな人、ということです。
住んでみないと、実際どうなのかわからないですが、これからわかるでしょう!

なにせ、これがエチオピアでの初めての家探しなので、
全てが上手くいけば儲けもん、上手くいかなくて当たり前!
と自分に言い聞かせています(笑)

新居への引っ越し、楽しみです。

2012年2月19日 (日)

星の王子様

今日、本屋さんに行きました。

したら、「星の王子様」アムハラ語版を発見!!!
即買いです。

20120219_1681

20120219_1682

まだアムハラ語読めないけど、これで勉強しようo(*^▽^*)o

2012年2月17日 (金)

アムハラ語を学習して1か月

アムハラ語の授業が始まってから1か月経ちました。
初めての言語の基礎をどうやって学習したのか、興味あるので、記録します。

まず、今回のアムハラ語講座は、「読み」「書き」「話す」「聞く」
の中でも、「話す」に重点を置いてます。

最初に発音。でも、違いがあることさえわかれば、発音できなくても細かいことは言われません。
アムハラ語には放出音の「カ」があるのですが、普通の「カ」と区別して発音することはできてません。

アムハラ語独自の文字もあるのですが、その学習はせず、発音に即した発音記号的なもので学習します。
発音記号(と言ってもアルファベットなので、規則さえ覚えれば読むのは楽)を学ぶのと、
アムハラ語の文字を覚えるのとどっちが楽なのかは、異論のあるところだと思います。
私は、最初は発音記号の方が楽だと思います。

学習は、以下の4つが順番に混ざって進んでいきます。

・シチュエーション別の会話例
 一番重要な挨拶から入ります。この時点で、習ってない文法とかありますが、
 説明もあまりなく、ただ、書いてあるのを読み上げる練習をします。
 挨拶、自己紹介、お買いもの、家族の紹介、レストランで...という感じで進みます。

・単語
 会話例に出てくる単語の説明があります。
 シチュエーション別に単語の一覧があります。お買いもの用語や、移動手段用語など。
 数字、時間、曜日、月の表現方法は、シチュエーションに関係なく学習します。

・文法
 最初は「私は~です」「私は~ではありません」「私は~を持っています」から始まり、
 所有格「私の~」、指示代名詞、疑問詞、「持ってます/持ってません」、定冠詞、
 動詞の現在形、前置詞、過去形、命令形、Let me... 
 と学習してきています。

 全ての文法事項を、動詞や名詞の変化で表現する言語なので、変化の法則を覚えるのが大変です。
 語順は日本語とほぼ同じなのですが、英語に慣れている私たちは、英語的語順で並べてしまう、
 という間違いをたまにします(笑)

・作文
 宿題として、学習した文法、単語を使って文章を作ります。「私の家族」とか「私の家」とか。
 作文宿題の頻度は多くないので、文法を使いこなす練習というよりは、文法の理解度チェックです。

この間に、一度ホームステイが一週間ほど入り、
実際に「通じた!(たまに)」「通じなかった!(こっちがほとんど)」を通して、
学習のモチベーションを上げます。

新しい言語の学習ってだいたいこんな感じなのかな?
意外と文法をしっかり教えてくれるので、
「なんでこういう語順なの?」とか、いろいろ気になる私としてはうれしいです。

現時点でのアムハラ語力は、というと、、、
定番フレーズを使ってお買いものができるようになった、ミニバスに乗れるようになった。
その定番フレーズの文法的背景がわかる、くらいです。

「こんにちは。じゃがいも1kgちょうだい。いくら?わかった。(お金)どうぞ。ありがとう。さよなら」
「(乗る人は)2人!(このミニバスは)ピアッサ行き?いくら?お釣りある?ここで降りる!」

こんな感じです。まったく意思疎通ができなかった、最初の週に比べたら、
私にとってはすごい進歩ですが、日本語で書いてみると、すっごいカタコト(笑)

「話す」が重点になっている講座を受けておきながら、あまりしゃべれてないような。

お買い物と移動くらいしか、アムハラ語を使わないと困るシチュエーションがない、というのも
他のフレーズが使えるようになってない理由かな。
やっぱり、使わざるを得ない状況じゃないと上達しないですね。

あと、1週間ちょいで職場へ赴任ですが、今後のアムハラ語の目標は、
・職場の人とコーヒーを飲みながら、自分の家族やエチオピアの感想を話して盛り上がること
・放出音を発音できるようになること
です。

放出音は、どうやって発音練習すればいいのか、皆目わかりません。
インターネットで検索してみてるのですが、自分的にヒットするサイトがないです。

映画アバターのナヴィ語にも放出音があるらしいです。俳優さんすごいなぁ。
http://ja.avatar.wikia.com/wiki/%E3%83%8A%E3%83%B4%E3%82%A3%E8%AA%9E

2012年2月12日 (日)

キャベツ+ツナ+パスタ

キャベツを見てたら、無性にツナキャベツパスタを作りたくなり、
作ってみました。

こちらのツナ缶は、油が日本のモノより魚臭いですが、
魚の身は味がさっぱりしています。
さっぱりしすぎで味があんまりないという話もありますが。

一缶23ブルなり。
久しぶりのツナ、おいしかったです。

20120212_1664


2012年2月11日 (土)

ホームステイ(エチオピアの生活・習慣編)

ホームステイの目的は、エチオピアの文化や生活習慣を学ぶこと。
なので、ここでは、どんなことを体験したのかちょっとご紹介します。

なお、私がホームステイで体験した内容なので、
エチオピア全体には当てはまらない部分があると思います。
ご了承ください。

<電気や水を「あまり」使わない生活>
食事の準備に電気は使いません。
食事の準備や、水やコーヒーを沸かすのには全て炭を使っていました。
アジスアベバでも炭を売っている光景をよく見ましたが、こう使ってるのね、というのがわかりました。

水は少しずつ使います。
水は敷地内に一つだけ蛇口があり、そこからポリバケツに水を汲みおき、
そこから柄杓ですくって手をあらったり、
小さいタライに水を移して食器を洗ったりしていました。
コーヒーに使う水もポリバケツからとってましたね。
水道流しっぱなしというのはなかったです。

ホストファミリーのおうちにはシャワーが一つだけあります。
ホームステイ中1回だけ使わせてもらいました。
でも、それ以外は、タライに水を入れて、手や足を洗っていました。

電気は照明とTVだけに使います。
夜は暗くなれば照明をつけますが、本を読んだり文字を書いたりできる明るさではなく、ムード照明に近いもの。
テレビは付けておくのが好きなのか、基本的に見てても見てなくてもつけっぱなしでした。

<インジェラは日常食>
朝はパン食だったり違うものが出る時もありましたが、基本3食インジェラでした。
でも、おうちによって違うんでしょうね。

インジェラは毎日焼くのではなく、3日おきに焼くようです。
最終日はフルフルという、古くなったインジェラをちぎってワットに入れるものを作ります。

<挨拶はとっても大事>
外を歩いていて知り合いが遠くにいても声をかけたり挨拶をしたりします。
道路の向こう側を歩いている人にまで声かけてました。
ホストファミリーのお母さんは、
一度お買いものに行くだけで、行きかえりで10人以上に挨拶してたように思います。

<違う宗教にも寛容?>
エチオピアはエチオピア正教とムスリムが半々と言われています。
ズワイは、ムスリムの方が少し多いらしいです。

ホストファミリーの家はムスリムでしたが、
親戚のおうちはエチオピア正教だったり、
近所から遊びにくる子供も両方の宗教がいたり、
宗教に対して柔軟なのかな、と思いました。

私に対しても宗教的なことは特に求められませんでした。
宗教が何かも聞かれませんでしたし。

ムスリムでもエチオピア正教でも、生活の見た目はあまり変わらなくて、
食べてるものもインジェラだし、話してる言葉もアムハラ語だし、
宗教による違いは、正直なところ、私は感じなかったです。

<家族や親戚が大事>
家族や親戚を非常に大事にし、ちょっと通りかかっただけでも挨拶に寄ってしゃべったりりするなど、
親戚付き合いの頻度が多いです。
初対面の時の最初の話が、両親の名前、仕事、どんな兄弟姉妹がいるのか、というのが大人も子供も問わず定番。

<しゃべることが楽しみ>
大人も子供も混じって、話(Chat)をするのを楽しんでいる。
内容はアムハラ語でよくわからなかったけれども、
自分が黙っていると、「話しましょう!」と言った感じで話をよく促されました。

<大人の言いつけは絶対>
子供は大人の言いつけに従順です。
近所の子供であろうと、そのうちの大人が皿を洗って、とか水を汲んできて、と言うと
反抗するような態度も見せずに従います。
しつけというよりは、文化的なものなのかな、と思います。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~

新しい文化を知ることは刺激的でした。
なるほどなるほどー、と言う感じで。
普通に仕事をしてるだけだと見れないことなので、とても興味深かったです。

2012年2月10日 (金)

ホームステイ(病院へ行く、の巻)

最終日前日に腹を壊しました。
インドでだって壊したことなかったのにぃ!

そのてんまつを。
表現的に適切でない場合があるので、お食事中の方はご遠慮ください。

最終日前日の夕飯には、念願のドロワットを食べました。「ドロ」=鶏肉 です。
お祝いの時にしか作らないワットだそうで、何かのお祝い事があったんでしょうね。
ホストファミリーの親せきのおうちに行って、ご相伴にあずかりました。
味は、インドカレーで私の大好きなバターチキンに似ていて、とってもおいしかったです。

これまでに食べたどのワットよりもスパイシーでした。
そして、ちょっと食べすぎました。

いつもなら、スパイシーなものはちょっとしか食べないように用心するところですが、
まあ、大丈夫だろうと思って食べ過ぎました。

そしたら、2時間後に気持ち悪くなり、ゲロゲロ、、、と。
吐いて胸の気持ち悪さは収まったものの、ちょっとした下痢が続く感じ。

朝には、もうちょっと寝てればいいかな、くらいには回復していました。
ちょっと下痢が続いてるのでトイレ近いし、お腹もぐるぐる言ってるけど(笑)

でも、最終日は移動日でアジスアベバに帰る日。
そこで、ズワイで活動している先輩隊員に電話をして、おうちに来てもらいました。
JICAの健康管理官の方にも相談して、ズワイにはとってもいい病院があるから、
下痢くらいだったら、そこに行ってから長時間のバスに乗った方がよい、とのことでした。

というわけで、先輩隊員に付き添ってもらって、病院に行きました。

行ったのはEthiopia Sherという会社の病院。すごくきれいでした。
もともとは花を作って売ってる会社らしいのですが、
多角的に学校や病院も経営しているとのことです。

Ethiopia Sherのリンク

こちらは基本的に前払い文化です。

診察料を前払いしてから診察を受ける。
診察で検査が必要とされたら、受付で支払をしてから検査室で検査を受ける。
てな感じです。
通常は、支払をしたことを示す領収書を持って回ります。

でも、この病院では、受付、診察室、検査室、薬局全てにパソコンが設置され、システム化されていました。
診察券みたいなID番号の書かれた厚紙を持って回るだけでよいのです。

診察室で、診察した結果検査が必要だから受付で検査代払ってきてね、と、お医者さんが言いながらパソコンに打ち込み、
受付に行くと、既に何の検査が必要で幾らなのかがわかっている。

エチオピアで、コンピュータがどういう風に使われているのか日頃から興味があったので、
病院でこんな形で使われているのが知れて、すごく興味深かったです。

ともかくも、検便をした結果、食あたりと判明。
初の地方やホームステイで慣れない中、体の抵抗力が落ちてたんだろう。

抗生物質とポカリ的なORSというものをもらい、抗生物質を飲んで数時間で体調回復。
アジスアベバへ、バスに乗って帰りました。
病院代は薬も含めて、閉めて30ブルちょっと。はらはらしてましたが、思ったより安かったです。

20120211_1661

病院から帰ってきてすぐには、インジェラもう見たくない、食べたくない、
という気持ちでいっぱいだったけど、
体調が回復したらまたインジェラ+ドロワット食べたいな、と思っている私。

食べるにしても、何をするにしても、体調がいいってことは大事なことだな、と思いました。

先輩隊員の方には、とっても感謝です。
ホストファミリーにも感謝です。
JICAの関係者の方にもお世話になりました。

本当に支えられてるんだな、と思いました。


2012年2月 9日 (木)

ホームステイ(ホームステイ先)

ホームステイの様子を書きます。
ホームステイ先のおうちの様子、6日間何やってたか、困ったこと。

~ホームステイ先のおうちの様子~

20120206_1487

ホームステイ先の家族は、お母さんとお父さん、子供3人。
子供たちは独り立ちしてたり大学に行ってたりで、夫婦二人暮らし。

でも、それ以外にも人がいっぱいいます。

同じ家に親戚の女の子が住んでいて、うちではご飯は食べないけど、
夜になったら来て、寝て、朝になったら仕事に行ってしまいます。
他にも同じ敷地内に、別棟が立っていて、そこは二家族に貸している。

しかも、ここは訪問者がえらい多い。毎日必ず誰かが来る。
ホームステイ先のおうちには、親戚が良く来る。
お父さんやお母さんと別室でコーヒー飲みながら話してる。

他にも真ん前のおうちの7,8歳の子供がよく遊びに来ている。
別棟の家族のとこには、近所に住んでる親戚の子供が遊びに来ている。

子供たちは、おうちの敷地内で一緒に遊んでます。
そしてたまに大人から言いつけられた洗濯や食器洗いをしている。

そんなおうちにホームステイに行きました。

~6日間何やってたか~

さて、到着初日。
ホームステイ先のお母さんに「私はエチオピアのお母さんだからね」と言われ、
お昼ご飯にインジェラを出されました。おそるおそる食べたところ、うまい!
今までで一番おいしいです。カイワットだそうです。
「カイ」は赤いという意味のアムハラ語。もちろん、香辛料の赤さ。
でもその割には辛くない。。。私のために辛さ控えめなのかもしれません。

20120206_1508

私の寝る場所はリビングの中。
リビングの中になぜかベッドが置いてありそこに寝ます。
初日は、お昼ご飯後昼寝をして、夕飯を食べて寝ました。

20120206_1493

二日目以降、
インジェラを作らせてもらったり、
近所の子供たちと遊んだり、
先輩隊員に会って話を聞いたり、
ホームステイ先の親せきのおうちへ行って子供たちと遊んだり。
最終移動日前日にはズワイ湖へ連れていてもらって、ちょっと観光気分も味わいました。

20120209_1630

この湖では魚が取れます。でも、一匹15Birrもします。今回は魚は食べませんでした。

20120209_1639

食事は基本的には毎食インジェラとワット。
でも、おいしかったので、特に困らなかったです。

20120207_1522

20120208_1551

基本的にはやることがなく暇だったので、
ホームステイ先のご夫婦、他にいろいろ会った子供たちや大人たちと触れ合って、
エチオピアのことをゆっくり、体験・観察することができました。

アジスアベバにいる時は、インターネットはできるし、やるべきこともあるし、
どこかの家族と一緒に過ごすこともないので、
そんなにゆっくりと体験・観察することはできませんでした。
ホームステイは、その点、非常に良い体験でした。

~困ったこと~

ホームステイで一番困ったのは、
英語が全く通じず、アムハラ語でしゃべらざるを得なかったこと。

アムハラ語は、文法で言えば現在形と疑問文だけ、
シチュエーションは、挨拶、買い物、~してもいいですか?だけ。
語彙も限られてます。

聞いた内容をメモって、後でアムハラ語のテキストでこう言ったのかな?というのを探す。
翌日「顔を洗いたいです。どこで洗えますか?」と言うために
テキストを見ながらノートに文章をメモる。

そんなことの繰り返しの日々でした。
最初は困ってしまいましたが、
だんだん相手が自分に対して言っていることがわかってきたり、
自分の言ったことが通じるようになって、正直楽しかったです。

とは言っても、
「来て」「入って」「座って」「食べて」「お話ししよう」「姉妹は何人?」
というのがわかるようになったってレベルですが(笑)


さてさて、実はホームステイ先で病院に行きました。その話はまた次に。

2012年2月 5日 (日)

ホームステイ(アジスアベバ~ズワイ)

ホームステイは、前後の移動日を含めて6日間。
ズワイでは、4日間過ごすことになります。

これが今回の荷物。
必要最低限にしたつもりなのに、こんなに大きくなってしまいました。

20120205_1483

まず、アジスアベバ~ズワイへの移動について書きます。

ズワイは首都アジスアベバから、バスでだいたい3時間半くらい。
ただ、これが、最初は大変なんだそうです。
バス停に行ってバスに乗るだけでしょ?と思ったんですが、
それがそうでもなかった。

まず、ドミからバス乗り場まではタクシーで移動しました。

いつもの乗り合いミニバスで行く方法もあるんですが、
ミニバスだと、二つ乗り継いで行く必要があるのと、
お客さんを常にいっぱいにするために、お客さんを拾いながら行って
時間がかかるらしいとのことで、タクシーにしました。
行きは、同期3人バス停まで一緒なのでお金もそんなにかからないので。

タクシーは値段交渉だけして、適正な料金だと思って乗ったのですが、
乗ってから気づいたところ、右側のミラーが折りたたまれた状態で見えてない。
左側も開いてはいるけど、角度が変。
バス停まで無事に着くことを祈りつつ、
次は整備されているタクシーをできるだけ探そうと心に誓いました。

そういや、こないだ乗ったタクシーも左側だけタイヤの空気圧が低いのか傾いてたな。

途中は、バイパスのようなきれいな道を通ります。
路面はがたがたではなく、すごいスピードで走ることができます。
メーター壊れてたのでスピードわかりませんが、体感80km。

20120205_1484

思ったよりもバス乗り場遠い~。
30分強でしょうか。
バス乗り場に到着。

バス乗り場に到着したら、タクシーから降りる前から
窓越しに、地方への行き先を聞く人が群がってくる。
いろんな地方へ行くバスがたくさんあるんですが、
バスへの客引きをしてるわけです。

いやいや、普通に歩いて乗務員に行き先聞きながら歩きますから。
とアムハラ語で言えるわけもなく、客引きに連れていかれ、
ズワイ行きのバスに乗りました。

ミニバスの方がスリとか少なくていいよ、と聞いたので、
アジス市内を走っているミニバスと同じタイプのバスに乗りました。

ミニバスとは、ハイエースを改造して、
運転手列のほかに、4列のお客さん乗車席を作ったバスです
座席部分だけに普通に座れば、運転手+11人のお客さんが乗れます。

混んでる時はもっと詰め込んで二人掛けの座席に3人、
ちょっと座れそうなスペースに2人、
とやっていくと、18人のお客さんが乗れます。
体密着です。
乗り降り激しいので、すし詰めで1時間とか言うことはないですけども。

その他に、ミニバスの行き先を「ピアッサピアッサ」「ボレボレ」と連呼したり
料金を徴収するコンダクターが中腰で立って乗ってます。

たいてい水色と白の2色で塗装されてるんですが、
最近はそうでない塗装のハイエースも走ってるらしいです。
ミニバスかどうかの見分け方は
プレートの文字が赤いかどうか、だそうです。

プレートの文字の色で、タクシー営業車か自家用車かビジネス者か、
等がわかるんだそうです。

さて、

タクシーでバス停に到着し、
バス停から無事にズワイ行きのミニバスに乗り込み、出発。
アジスからズワイまでは55Birr。ぼられることもなく、ホッ。

しかし、

いつまで経っても着かない。遠い。3時間半は長い。
つまり、東京-大阪間の時間を暑いバスの中に座ってじっとしているということ。
普通のミニバスにずっと座っていると、お尻も痛くなってくる。

途中で、別の乗客の人に席を替わってくれと言われて
隣になったおじさんとお話しをした。

家族はアジスに住んでるんだが、
ズワイに工場を持っているためおじさんだけズワイに住んでるんだそうだ。
ズワイはオロミア州。オロミア語もしゃべれるといいということで、
オロミア語も少し教えてもらいました。

途中、あれは玉ねぎ畑だよ、あれはテフ畑だよ、と教えてもらいました。
日本の田んぼに見慣れている私にとっては、畑というには緑色が少ない印象を持ちました。

でも、乾季なのに下草は生えてるし木もあるし、沙漠ではなかったです。
雨季があるので、土の下の方には水があるのかもしれません。

牛の群れがたまにいて、草を食べていました。
少ない草を食べてしまって、沙漠化しないか心配しながら見てました。

エチオピアは農業国。町と町の間は畑がたくさんありました。

そうこうしているうちに、ズワイに到着。

全てにおいて、思ったよりも時間がかかりました。
スリに遭わないように気を付けてもいました。
時間がかかるということ、緊張感を持ち続けるということは疲れるものなんだということを実感した移動でした。
体は疲れましたが、これからが本番です。ホームステイ先の家族に会います。

ズワイ到着後は次に書きます。

2012年2月 4日 (土)

明日からホームステイ行ってきます

明日から1週間、地方へホームステイへ行きます。

ホームステイプログラムは、新米隊員にエチオピアの生活や文化を知ってもらう目的があるらしいです。
首都のアジスアベバだと、都会でエチオピアらしさがないので、
地方へホームステイするんだそうです。

場所は、ズワイという町です。
アジスから、バスで3時間半くらい南に行ったところで、
アジスより標高が低いので暑いんだそうです。

アフリカに来て、初めて暑い場所に行くかも。

せっかく習ってるアムハラ語使うぞ。
先輩隊員の学校に見学行くぞ。
湖があるらしいので、見に行けるかな。

ズワイに行っている間はパソコン持っていかないからネットしません。
帰ってきたら様子を報告します。
エチオピア文化にどっぷり浸かってきたいと思います。

日本?料理

だしが手に入ったので、日本食(?)を作ってみました。

肉じゃが(ただし、肉なしw)
20120203_1479

チヂミ(お好み焼き?もんじゃ焼き?)
20120204_1481

肉じゃがは、私が初めてエチオピアで料理をして作りました~。

私の得意料理は肉じゃが。とっても日本な味がしました。
肉がなくてもおいしい。じゃがいもがおいしいんですね。
でも、味付けのめんつゆは、先輩隊員が作って余ったものをいただきました( ^ω^ )

お好み焼きは、クマちゃんが作ってくれました。
出汁と、中国製しょう油と、花かつおで味付けしてます。

たまには、こういうのもいいね。

2012年2月 1日 (水)

赴任先学校への表敬訪問

赴任先の高校へ表敬訪問へ行きました。

校長先生とあって、15分ほどお話しをしました。
男性の校長先生です。
実際にお会いして話すことができて、赴任する実感が湧いてきました。

生徒数は約3400人、先生は160人だそうです。
生徒は、グレード10~12(16~18歳?)です。
大きな学校ですね。
大学へ進学するための準備校です。

コンピュータラボは9部屋あり、それぞれに10台ずつパソコンがあるそうです。
思っていたよりもラボの数が多いのと、パソコンが多いのに驚いています。

シラバスでは、G10からコンピュータの理論+演習の授業があるそうです。
以前は、授業の最初の年は理論だけで演習は2年目からだったと聞いています。
最近教科書が変わったらしいのですが、その影響でしょうか。

何をやるのかは赴任してから話し合うことになってます。
ICT(パソコン)の先生は10人以上いるそうです。
授業を持つのか、ラボの管理(PCメンテナンス)をするのか、はたまた、全然違うことをするのか。

JICAとしては、最初の3か月はObservationの期間で、
その後、ボランティア自身が何をするかを計画立てて、
ボランティア本人(私)+JICA+学校で三者面談するようです。

赴任は3週間後、2月27日からです。
楽しみです。

« 2012年1月 | トップページ | 2012年3月 »